【ポルシェ911 3.0 RSR】1975年ル・マン総合6位 ニック・フォーレとの再開 後編
公開 : 2020.11.08 11:50
多くのレーサー同様、走っている方が幸せ
「レースが終わると、多くの観衆がサーキットに押し寄せてきて、チームのメンバーやハーレー・オーナーに囲まれました。全員が興奮していました。そんなレースの終わり方は、誰も想像していなかったでしょう」
シーズンが終わる頃、ジャン・ブラトンはフォーレにクルマを3600ポンドで売ると持ちかけたらしい。だが資金がなく、南アメリカへ売却されていった。
シャシー番号9072の911 3.0 RSRは、その後エクアドルで4年を過ごし、ドイツへ移動。25年ほど、プライベート・コレクションとして保管されていた。
2006年、ポルシェを専門とするマンフレッド・フライジンガーの手でレストア。イエローのインテリアも含め、ル・マン参戦時の姿でよみがえった。ほとんどが、オリジナルのままだった。
レース用バケットシートに腰をはめる。1975年に戻ったような、不思議な感覚に浸る。エキゾチックな雰囲気の中に、911として見慣れた部分も残る、RSRらしい独特のブレンドだ。
ロードカーに近い車内からは、乗りなれた快適な走りが思い浮かぶ。しかし3.0Lに広げられたフラット6を目覚めさせた途端、レーシングマシンだと我に返る。
タイプ911/75のハイリフトカムは、内装のないコクピットへ波打つようなアイドリング音を反響させる。多くのレーサー同様、走っている方が幸せを感じられる。
フィヒテル&ザックス社製のシングルクラッチと、2.8 RSRと共有のトランスミッションは、素晴らしいコンビネーション。ペダルは軽く、動作も滑らか。同じ頃の911と、質感は似ている。
ベスト・ドライバーズカーの1台
低速域なら、普通の人でも運転できそうだ。パフォーマンスを求めていくほど、3.0 RSRが極めて躍動的なマシンだとわかってくる。
シフトアップして、アクセルペダルを踏み倒す。薄い窓ガラスを震わせながら、瞬間的に加速が始まる。頭がシートから持ち上げられないほど、加速度は鋭い。
そんな状態でもひと目で読めるように、1万rpmまで切られたレブカウンターは90度横に寝かされている。確かに、この方が見やすい。
筆者の首の筋肉がこわばるほど、3.0 RSRは速い。しかしその本領は、コーナリング。低い重心に幅の広いトレッド、巨大なタイヤが、次元の違うメカニカルグリップを披露する。
レールが敷かれているように、ヒタヒタと旋回する。タイヤのグリップ状態が手にとるように伝わってくる。高い負荷の中でも、ステアリングホイールは生々しく反応する。
「おそらくレーサーも含めて、ベスト・ドライバーズカーの1台だと思います。今まで運転したクルマで、最も濃密なフィーリングを与えてくれます。レーシンググローブを付けていても。持てる性能を、ドライバーが導いていけます」。とフォーレが笑顔で話す。
「素晴らしい思い出がよみがえります。最高のマシンをドライブできるだけでなく、気の合う仲間とル・マンという雰囲気を楽しめる。世界で一番特別なレースです」
幸せそうに笑みを浮かべるフォーレ。「多くのドライバーは、ル・マン出場を強く望むはずです。そんなマシンといま再開できるなんで、夢のような時間ですよ」