【西海岸のウッディワゴン】ビュイック・センチュリー、パッカード110、フォード・スーパーデラックス 後編
公開 : 2021.01.30 18:25
1930年代から1940年代に作られたウッディは、当時の北米を表現したかのようにゴージャス。今回は美しく貴重な3台をご紹介します。
現存する唯一のビュイック・ウッディワゴン
世界恐慌でコーチビルダーのジョセフ・ワイルドエンジャー社は倒産するものの、木工用の工具などを買い戻すと、2人の息子が再起。ベンチャーとして1940年代に積極的に活動を展開した。
だが、ニュージャージー州に移る頃には再び事業が低迷。ビュイック・センチュリーなどのウッドボディ製造では採算が取れなくなり、ステーションワゴンのメンテナスへと、事業が移っていった。
ワインレッドが眩しいドニー・クレビエが所有するビュイック・センチュリー・エステートワゴンは、ジョセフ・ワイルドエンジャー社が手掛けた数少ない1台。現存する唯一のクルマだと考えられている。
1929年に端を発した世界恐慌は、パッカードにも大きな打撃を与えた。モデルレンジの価格を大幅に引き下げ経営を維持し、激動の1930年代を乗り切っている。
1000ドル以下のモデルとして1935年に発売されたのが、8気筒のパッカード120。続いて1937年に、110、後のシックスが続く。
パッカード110は廉価版モデルで、120へ与えられていた装備が省かれている。ボンネットのクロームメッキも、フロントフェンダーに載せられたスペアタイヤもない。当時の価格は795ドルで、120よりエンジンは2気筒小さいが、人気は高かった。
クレビエのクリーム色のパッカード110も、その1台。タイヤは小径で、ダッシュボードも質素だ。フルサイズの2921mm(115インチ)のホイールベースを持つシャシーが支えている。ブレーキは四輪ともに油圧式。
維持管理が難しいウッドボディ
110をベースとしたステーションワゴンの価格は、当時1295ドル。1937年に登場するが、生産コストの高さから多くの人は引き寄せられなかった。
ニューヨークのコーチビルダー、カントレル社のウッドワークに要した費用がそのまま反映した値段だった。1939年にはパワフルな120でも、ウッディがオーダーできるようになっている。
同時期にパッカードとカントレル社の関係は終了。インディアナ州のヘラクレス・ボディ社がステーションワゴンの製造を請け負う。シボレー・キャリーオールやインターナショナルD2ステーションワゴンなどのボディ製造を手掛けていたコーチビルダーだ。
ヘラクレス・ボディ社は、パッカード110と120用に述べ358台のウッドボディを製造。主にアッシュ材のフレームにバーチ材のパネルという組み合わせだった。注文によっては、マホガニー材も用いられている。
クレビエが所有する1940年式パッカード110ステーションワゴンも、アッシュ材にバーチ材という組み合わせ。120との違いは、ホイールベースによる車内の広さくらい。エントリーグレードで、ボンネット内には101psを発揮する4.0L直列6気筒が収まっている。
トランスミッションは、オーバードライブ付きの3速MT。維持の難しさを物語るように、現存は12台もないと考えられている。クリーム色と木目のコントラストが美しい、この110ウッディもかなり珍しい。
1970年代にカリフォルニアで発見され、詳しいコレクターによって状態を保ってきた。パッカード・インターナショナル・サークル・オブ・チャンピオンズで、クラス優勝を掴むほど仕上がりは良い。