【エンターテインメント・ワゴン】マーキューリー・エイト 戦地を歴訪したサンドカラー 後編

公開 : 2021.05.30 17:45

戦後はシューティングブレークに

「砂漠で活動する若者の方が、わたしの演奏が娯楽になると考えたんです」。とフォームビーは話したという。彼のパフォーマンスがどれだけ大きな影響を与えたのかは、計り知れない。

移動の途中では、地元の兵士が地雷で負傷する姿も目撃した。危険が常にそばにあったツアーだった。10月に英国へ戻ると、クルマに溜まった砂や石は取り除かれた。

マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)
マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)

車両に積まれたENSAのロゴの入った箱には、フィルムリールが何本か積まれていた。それぞれの窓には分厚いブラインドが取り付けられ、フックで固定でき、覗き見用のスリットが入っている。

終戦を迎え長旅を終えたフォームビーは、1946年に英国貴族のアール・ピールへクルマを売却。狩猟用のシューティングブレークとして使われた。1970年代までは湖水地方のホテル経営者によって保管され、今でも走れる状態は維持されている。

その後、サザビーズのオークションを介してオーナーが変わる。このクルマの物語に強く興味を抱いた人物だった。スコットランドのエッグ島を旅行するのに、ピッタリのワゴンになった。

しばらくして、カーコレクターのグラハム・グリーンウェルが数年をかけてオーナーを説得し、マーキュリーを買い取る。歴史的なクルマを大切に維持することで有名な人物だ。

ドアを開くと外れるような状態だったが、すぐに修理され、ノルウェーまで自動車旅行を楽しんだという。故障は少なくないが、高速道路との相性は抜群だったという。

平和の時代に見るくすんだサンドカラー

フラットヘッドのV8エンジンは、当時モノのユニットに置き換えられている。ブルーバードと呼ばれたレーサーのマルコム・キャンベルの記述と一致するカラーに塗られ、このクルマの特別さを引き立てている。

このステーションワゴンのマーキューリー・エイトは、2021年4月に、3万ポンド(450万円)の値段で売りに出された。落札した人物は、フォームビーのツアーという歴史も一緒に身近なものになる。恐らく、すぐにガレージにしまわれてしまうかもしれないが。

マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)
マーキュリー・エイト・ミリタリー・ステーションワゴン(1939年)

時間の経過とともに、砂漠の中のキャンプを転々とした旅の記憶は色あせていく。それでも、フォームビーが戦時中に費やした努力を記念する貴重な存在であることは変わらない。

腕にバンジョーを抱えた彼の勇気が、多くの兵士を楽しませた。マーキューリー・エイトで戦火を避けながら果敢に移動した過去を、過小評価するわけにはいかない。安全もままならない中で、軽装な車内で毎晩を過ごしたのだ。
  
貴重な歴史とともにある、ステーションワゴンのマーキューリー・エイト。筆者はレストアするべきではないと思う。数100万ポンド(数億円)するようなクラシックカーと同じくらい、このまま保存する価値があると思う。

平和の時代に見るくすんだサンドカラーには、強い説得力がある。果たして、それ以上の価値かもしない。

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