【セナと過ごした24時間】伝説の男、アイルトン・セナ 愛車同乗・サーキット試走 AUTOCAR回想録
公開 : 2021.06.05 06:05
不測の事態にも動じない
●午後5時、シルバーストン – アンドリュー・フランケルのレポート
誰がハンドルを握っているのか忘れてしまったのは、クルマのスピードとコーナーの進入角度が全く一致しなかったラップの時だった。
ファーム・ストレートの終わりで激しく右に曲がった後、ブリッジが見えてくると、セナはホンダを160km/hで走らせた。わたしは驚愕したが、心配はしなかった。彼は最終ラップでも同じ走りをしてみせ、わたしは彼がどこでブレーキをかけて50km/hまで減速し、どのようにNSXのノーズをエイペックスやその先へと導いていたのかを今でも覚えている。しかし、セナはそれを忘れてしまったようだ。
この究極の体験を後世に伝えるために、細部まで記録しようとしていたわたしの声は、テープレコーダーの中で沈黙してしまった。話す時間は終わったのだ。わたしは、セナが乗る前に、こっそりとトラクション・コントロールを解除してしまった自分の中の悪魔を呪い始めた。
そしてわたしは、アームレストを挟んですぐ隣に座っている男のことを思い出した。歴史上誰よりも多くのポール・ポジションを獲得し、年上のアラン・プロストを除いた誰よりも多くのグランプリで勝利を収めている男。わたしはその理由を知ろうとしていた。
アイルトン・セナでさえ、このスピードでNSXをコーナーに進入させることはできないと思ったが、どうにかしてくれるだろうと信じることにした。
彼はステアリングをひねってコーナーに進入し、ブレーキをかけた。彼がブレーキをかけると、ホンダのリアが必然的にスライドをして、はっきりとこう言ったのだ。「君とセナ君をこのコースから連れ去る。そして二度と戻ってこない」
しかし、セナには別の考えがあったようで、単にポーズボタンを押しただけだった。この機能は、世界中の優れたドライバーがより扱いやすいスピードに落としたり、高速でスライドするNSXの場合はこれを完全に止めたりすることができる。カウンターステアをあて、スロットルを適切に操作することで、テールはそれ以上滑らなくなった。
数度ラインから外れてフラついたが、すぐ立て直すとピットに向かって真っ直ぐに走り出したのだ。
新しいコースを細かく評価
NSXがあの濡れたコーナーをどのくらいの速さで走ったのかはわからないが、気を取り直してスピードメーターの針に目をやったときには、90(マイル、140km/h)を超えていた。セナは無表情のままだったが、もし彼がこれを読んでも、覚えていないだろう。
わたしにとっては忘れられない出来事だ。しかし、セナとのラップはそんなことばかりではなかった。ワールドチャンピオンのセナがコーナーを駆け抜け、わたしも負けないくらいのスピードでおしゃべりをし、目を輝かせた。彼は辛抱強く、サーキットの新旧の違いを説明してくれた。
ちゃんとした評価をするには十分な周回数をこなしていないと言いながらも、コース全体をかなり詳細に記憶しているようだった。ピットを過ぎて最初のコーナーであるコプスに入ると、彼は「以前は滑らかだったけど、今はすごくバンピーだよ」と言った。
次の短いストレートとマゴッツ・カーブを越えると、コースは左、右、左と揺れながらベケット、チャペルを通過する。マクラーレンのセナは、これらをすべて4速で走行しており、「かなり速い」と語っている。
それでも、「出口が前よりも遅くなり、ハンガー・ストレートで出せるスピードが下がる」という。チャペルからどこまでも続くターマックに出るとき、セナはとても楽しそうに「ここでは純粋なパワーが必要なんだ」と言った。この年は目立った活躍がなかったマクラーレン・ホンダの伝統的な圧倒的優位性を思い出しているかのようだ。
わたしは、ストウの右コーナーは以前と同じように見えると言った。
「その通りだ。ここまではまったく同じなんだけど、ここからはタイトになるんだよ」
同時に彼はNSXを新しいラインに乗せ、ヴェイルへと向かった。急な左コーナーで、ハンドリングとドライバビリティがすべてを左右する。
「非常にタイトだから、次のコーナー(クラブ)が遅くなるんだ。以前は5速で走っていたけど、今は3速でスタートして4速で通過する。アビーやその先のストレートのスピードは、クラブからどれだけ早く出られるかで決まるけど、以前よりも遅くなっている。アビーをトップで通過するのは変わらないけど、以前よりも短くギアを使うことになるから、最高速度が落ちる」