【羽ばたけないガルウイング】メルセデス・ベンツSLRマクラーレンとブリストル・ファイター 中編
公開 : 2021.07.03 17:45
視界は良くないものの意外に運転しやすい
メルセデス・ベンツSLRマクラーレン同様に、このファイターも1955年のレーシングマシン、ブリストル450の活躍をトリビュートしたもの。だが、懐古的なデザインは与えられていない。
トラディショナルな英国製スポーツカーのような雰囲気も持ち合わせている。同時に、とてもブリストルのスーパーカーらしいスタイリングだと思う。
フロントガラスが強く寝かされたSLRはフロントピラーが邪魔で、ドアにぶら下がりながら苦労してシートに腰を下ろすことになる。格好良く降りることも難しい。
だがファイターなら、サイドシルをまたいでシートに座るだけ。SLRのシートは調整域が制限されたワンピースのバケットタイプだが、こちらはアームチェアのようにゆったりしている。
ドアを閉めると、レザーの香りに包まれる。ファイターは、日常的に乗れるクルマだという空気感がある。
大富豪のオモチャのようなSLRには豊かな香りもなく、日常性は感じ取れない。強固なボディを構成する、邪魔なほど太いピラーに囲まれたフロントガラスと、体を包むようなシート。軍用戦闘機のコクピットに、収まったような感覚すらある。
SLRのステアリングホイールは、ドイツのタクシーにも付いていそうなデザイン。赤いスターターボタンは、センターコンソールから伸びるシフトレバーの一番上に付いている。
運転席からの視界を除けば、SLRは思いのほか運転しやすい。カーボンファイバー製のタブからきしみ音が聞こえてくるが、ボディは恐ろしくリジッドだ。
スーパーバイクのような鋭い加速
アクセルペダルの操作とともに、マッスルカーのような轟音がサイドマフラーから一気に沸き立つ。5速ATをドライブに入れてしまえば滑らかに働き、変速を考える必要はない。
締まりのないブレーキペダルの感触には、違和感を覚える。それでも制動力に疑問の余地はない。大きなSLRを見事に止める。ステアリングを左右に操っているうちに、徐々にクルマへ慣れていく。不思議な中毒性がある。
前後の重量配分は50:50で、SLRの安定性は高い。揺るぎなく、狙った方向へ向きを変えていく。手のひらや指先には、ステアリングホイールを通じてわずかな感触が伝わってくる。
SLRは、多くのドライバーが求める水準の遥か上に限界領域がある。しかし、そこへ迫ろうとしても、その予兆となるような感触が得られない。
直線加速を一度楽しめば、そんなモヤモヤもすぐに晴れる。右足に力を込めれば、スーパーバイクのように鋭く速度を上昇させ、追い越しは一瞬で完了。ただしアクセルペダルの踏みしろ、最後の数mmを使い切る前に、一度冷静になった方が良いだろう。
気持ちを決めてさらに踏み込むと、狂気の世界が待っている。スーパーチャージャーが回転数を高め、唸り声を上げる。丸太を切るバンドソーのように、容赦のない轟音がドライバーの左右から響き出す。
これ以上アグレッシブになるのかと息を呑むほど、加速度が高まる。より力強くSLRが突進する。少しの時間でも疲れてしまうが、決して嫌いではない体験だ。
この続きは後編にて。