【ブラバムとペンスキーへ導いた】祖父のジャガーXK140 モータースポーツへの入口 後編

公開 : 2021.07.24 17:45

ロマンチックな気分になるコクピット

「手伝いは不要だったと思いますが、美しいクルマのレストアに関わる数名の職人と一緒に働くことは、非常に楽しいものでした。ピーターは、どんなボディパネルでも複製できる技の持ち主だったんですよ」

3.4Lエンジンは、コベントリーの工場を離れた時と同様にリビルドされた。理想の目標は、新車のように運転できるXK140を作ることだった。

ジャガーXK140(1956年/英国仕様)
ジャガーXK140(1956年/英国仕様)

「ブレーキは、予測的な操作が必要です。ディスクブレーキへのアップグレードには悩みました。自転車の方が、ブレーキの効きは良いかもしれません。パワーステアリングがないので、低速域は少し手間でもあります」

「流れのスムーズな郊外へ進めば、実力を楽しめます。右足へ力を込めると、SUキャブレターの吸気音が耳に届きます。フロントガラスが小さくボンネットが長いので、スピットファイアのコクピットにいるように、ロマンチックな気分ですよ」

「モス社製のギアボックスには、シンクロメッシュがありません。クラッチペダルを放す前に、ギアの回転数が合い、噛み合っているのを感じ取る必要があります。ダブルクラッチは、自ずと癖になりますね」。ニックが付け加える。

驚くことに、再塗装を終えたXKを引き取って以来、レストア費用は請求されていないという。「ピーターは1ポンドもお金を請求してきませんでした。整備士の費やした時間へはお金を払う必要があると話しても、彼は断りました」

「長期間に仕事が及んだためでしょう。彼とは良い親友になりましたが、この世を去るのは早すぎましたね」

11歳の少年を強く刺激したジャガーXK140

「振り返ってみると、色の選択は後悔しています。もう一度やり直すなら、祖父のグレーに塗りたい。もしハロルドがピカピカなXK140を見たら、震えるほど驚くでしょうね」

初夏の太陽の光を受けながら、XK140が丘陵地帯を走る。1994年にスミス&ケイブのワークショップを出たときのように、まっさらに美しい。今回の取材では、レストア後初めて雨にボディを濡らしてしまった。雹さえ降ったが、寛大に受け入れてくれた。

ジャガーXK140(1956年/英国仕様)
ジャガーXK140(1956年/英国仕様)

モータースポーツに打ち込んできたニックだが、ラリーに出ることもなく、XK140を運転するのは地元の一般道に限っている。「このクルマは自分にとって意味の深いもの。祖父のXK140を保管しているだけで、多くのオーナーとは異なります」

「ジャック・ブラバムを初めて見たクリスタル・パレスでのレースをはじめ、わたしがモータースポーツでのキャリアをスタートさせる、大切な役割を果たしたクルマです」

ニックにとって、TRU911のナンバーが付いたジャガーXK140は日曜日の朝にスリルを楽しむクルマでも、美しいボディを眺める作品でもない。今の彼へ通じる起点として、彼の祖父との接点として、かけがえのない一部になっている。

その特別な意味は、今もXK140を観察すれば感じ取れる。マルーンに塗られた滑らかなボディと、ル・マンでの優勝を誇らしげに示したエンブレムが、11歳の少年を強く刺激したであろうことは想像に難くない。

幼いニックが雑誌を片手に、ジャガーの窓から顔を出して祖父へ話しかけていた様子が思い浮かばれる。

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