【すでに来年分も完売】光岡バディ人気の背景 わかりやすい「アメ車感」日本人のツボ?
公開 : 2021.07.13 05:45
チェロキーやアストロ アメ車ブームも
60~70年代当時の日本でのアメ車事情をもう少し深堀りすると、日本でのアメ車需要は企業経営者のお迎えぐるまだったと思う。
そもそも日本におけるアメ車は、戦前からGMやフォードが企業経営者向け需要として存在し、戦後もその流れが続いた。
いまでは60年代マッスルカーを復刻する日本人もいるが、当時として日本人にとってマッスルカーは遠い存在だったと記憶している。
70年代に入り、池沢さとし(現:池沢早人師)が週刊少年ジャンプで連載した「サーキットの狼」の影響で、いわゆるスーパーカーブームが訪れ、その中でマッスルカーもスーパーカー扱いされることが増え、フォード・マスタング・マッハ1、GMポンティアック・ファイアバード・トランザム、GMシボレー・カマロSSがマッスルカー御三家として紹介されることが多かった。当時、ダッジの存在はあまり知られていなかった印象がある。
90年代前半になり、ジープ・チェロキーが、一部のホンダディーラーで取り扱ったこともあり価格が手頃となって日本での人気が一気に上昇したことがあった。
同じ頃、GMシボレー・アストロのブームも到来。芸能人御用達といった風潮が世の中に広まり、アストロの並行輸入車販売が増えた。
アメ車に対する潜在的な憧れが?
アメリカ本国では、90年代後半からフルサイズピックアップトラックとフルサイズSUVのブームが到来した。
そのトレンドを取り入れようと、日本でもGMシボレー・タホを中心として、同じくGMテキサス・アーリントン工場で製造されるサバーバン、キャデラック・エスカレードを楽しむ人たちが現われた。
そんなアメリカンフルサイズSUV需要の延長上として登場したのが、タホなどと車体やエンジン関連パーツを共有するハマーH2だ。
六本木、銀座、渋谷、新宿など都心繁華街に、25インチオーバーの大径ホイールを履きボディ各所を派手にカスタマイズした「H2」の姿が目立つようになった。
このように、これまでさまざまなモデルで日本人のアメ車への憧れが感じ取れる。
そこで共通するのは、日本車や欧州車にはない破天荒ともいえる思い切ったデザインの発想や、大柄かつ大型エンジンによる走り味だ。
直近では、アメ車への憧れがオフローダーで目立つ。
ジープは、ラングラーを軸足として、都会派テイストも含めた広義でのオフローダーブランドとしてジープ各モデルの人気が高い。
そのほか、日本では正規輸入元がいないフォードで新型ブロンコに対する関心が高まっている状況だ。さらに、新生コルベットにも注目が集まる。
日本人は潜在的にアメ車好きなのかもしれない。