【最新トルクベクタリング検証】後編 後輪駆動的な走り 高出力を効率よく活用 各社異なるチューン
公開 : 2021.09.25 21:05
先鞭をつけたのはフォーカスRS
このジャンルのパイオニアであるフォーカスRSは、今回のA45より3年、ゴルフRより5年早く登場した。ただし、その方法論はほとんど同じだ。GKN製のツインスターと呼ばれるシステムは、リアのベベルギアを挟んで設置される一対のクラッチでトルクの左右配分を調整する。
1点だけ大きく異なるのは、リアのギア比がフロントより2%ほど速いこと。それによってリアへ最大70%の駆動力を分配でき、そのすべてを左右どちらかへ送ることも可能だ。かなり冒険的なシステムだといえる。
最後はGRヤリスだ。はっきりいって、これはほかのホットハッチより、1990年代のグループAラリーカーに近く、厳密にはほか3台のようなトルクベクタリング性能を備えているとはいえない。
サーキットパック仕様には、前後がオープンデフではなく一般的なトルセンLSDが備わる。いずれかのタイヤがトラクションを失った場合、パッシブ作動でもっともグリップのあるタイヤに偏重したトルク配分とする。
とはいえ、フォードと同じく、フロントよりリアのギア比が高く、プロペラシャフト後端のハルデックス式クラッチが完全に繋がれると、前後アクスルはタイトにロックされ、前後トルク配分は30:70となる。その結果、ハンドリングバランスはオーバーステア傾向となり、想定上はひたすらナチュラルに感じられるはずだ。
ここで根本的な疑問が浮かぶ。これらのシステムは、そこまで手間をかける価値があるものなのだろうか。いい方を変えるなら、本当に役に立つのか、ということだ。
これについては、まちがいなくイエス。すべりやすいスキッドパッドでは、オーバーステアが出はじめた際の荷重移動が効かないので駆動系が効かなくなってしまうところだが、A45とゴルフRは瞬間的にアンダーステアを出し、それからリア外輪に過剰な負荷がかかると、短いテールが流れる。
スリップアングルを増すには、しばしばドリフト状態を意図的に作り出すことが必要になる。これは、かつての三菱ランサーエボリューションやスバル・インプレッサWRXで経験済みというドライバーもいるだろう。ヨーモーメントは、まさしくモーメント、つまり短い間しか発生しない。
BMW M2が見せるような、シャープなスライドを引き出すことはできないが、だれもそれを期待してはいないだろう。それでも、まさしくパワーオーバーステアだ。フォーカスRSはややなめらかさにかけるが、基本的には変わらない。
明確に分かれる個性
おもしろいのは、GRヤリスがほかよりずっとドリフトへ持ち込みにくいということだ。より機械式の要素が強いシステムは、かなりグリップしたがるニュートラル志向で、電子制御できるリア左右のクラッチがないので、エンジニアのプログラムで気まぐれな動きを簡単に抑え込むことはできない。ホモロゲーションモデルとしては、じつに手堅い。
もちろん、重要なのは公道上でなにが起きるかである。そのほうがはるかに大事だ。その場合は、トルクベクタリングの効果はスキッドパッドほど明確に出ないが、だからこそ満足度が増す。ティーレベインの言うとおりだ。この手のシステムで重要視されるべきは、グリップ限界内でハンドリングバランスを高め生き生きさせることであり、サーキットでの度を越した挙動より常用域のセッティングである。
まさしく、ゴルフRはときとしてスロットルを開くと駆動系を締め上げる。まるで、恐ろしくタイトなLSDをリアに備えているかのようだ。それでいて、そうでないときには尖ったところがない。自然ではないが、うまく機械式LSDの挙動をイミテートしていて、じつに楽しめる。
対してA45は、落ち着きを重視している。その主な理由は、エンジニアが明らかに動じることのないニュートラルさをもたらすべくリアアクスルをチューニングしたからで、それゆえに安定感を求めたのだ。
当然というべきか、フォーカスRSは最もワイルドな性格を示す。積極的に不安定な動きを誘発するように感じられるが、おそらくそれは、油圧のベクタリングシステムの反応が遅いが、その後の作動が活発で、チューニングに緻密さが足りないからだろう。2015年当時では、これが最先端のクルマだったのだが。
今回、明らかになったのは、同じ種類のハードウェアでも、チューニング次第で明確な違いが生まれるということだ。それこそ、このクレバーな駆動系のもっともおもしろいところだといえる。チューニングの許容度が、エンジニアの個性を際立たせているのだ。
結局のところ、どのクルマもある程度までは作り手の意図が反映されている。だからこそ、トルクベクタリングは4WDホットハッチをかつてより俊敏で懐の広いものにするばかりでなく、表情豊かで興味をそそるものにするのだ。実用本位になりがちなクラスのクルマとして、これは間違いなく歓迎すべきことである。