【9.4L V12の最高傑作】1935年製 イスパノ・スイザJ12 美しい姿に隠す力強さ 前編
公開 : 2021.10.23 07:05 更新 : 2022.08.08 07:22
当時のデザイン力と技術力を結集させた最高傑作といえる、イスパノ・スイザJ12。カロッツェリア、ヴァンヴァーレンによる優雅なドロップヘッドを、英国編集部がご紹介します。
最高傑作としての地位を譲らないJ12
クロームメッキされたラジエターグリルが放つ、優雅なムード。その頂上ではコウノトリがしなやかに羽ばたく。このクルマの風情へ見事に一致している。
長く伸びたコウノトリの首は、1.8mはあろうかという長いボンネットに呼応する。大排気量を持つV型12気筒エンジンの力強さを表すように、翼が大きく振り下ろされている。当時の技術力が集結している。
スイス人エンジニアのマーク・ビルキクト氏は、象徴的な3台のイスパノ・スイザを設計した。アルフォンソとH6、そして今回取り上げるJ12だ。
名門ブランドのエンスージァストは、どのモデルが最も偉大か意見を交わすことがある。詰まるところ、1932年から1938年にかけて製造された120台のJ12が、イスパノ・スイザ最高傑作の地位を譲ることはないだろう。
J12のプロトタイプが作られたのは、今から90年前。ビルキクトがステアリングホイールを握り、厳しいテストが繰り返された。
素晴らしいアイデアが盛り込まれた美しいボディは、極めて高品質。リーフスプリングとリジッドアクスルが組まれたシャシー構造は、コンベンショナルだけれど。
J12の中心的存在といえるのが、タイプ68と呼ばれるV12エンジン。シリンダー間に配された1本のカムシャフトが、短いプッシュロッドを上下させロッカーバルブを動かした。技術は煮詰められ、洗練の域に達していた。
バンク角は60度で、ボアとストロークはともに100mmのスクエア構造。排気量は9425ccと、巨大なユニットだ。
当時のグランドツアラーを凌駕する性能
ビルキクトは第一次世界大戦で航空機エンジンを開発。ロイヤル・エアクラフト・ファクトリー S.E.5やスパッド戦闘機に積まれた、水冷式オーバーヘッド・カムV型8気筒で評価を高め、一目置かれる存在だった。
航空機用V型12気筒も視野にあったが、生産には至らなかった。直列4気筒や6気筒といった、自動車用ユニットの経験に不足もなかった。
ブロックとヘッドは一体構造で、アルミニウムによる鋳造。航空機用エンジンと同様に黒のエナメルで仕上げられ、上品な外観に仕上がっている。
自社製のツインチョーク・キャブレターで燃料を供給し、シンティラ社製のマグネトーで昇圧する。ディストリビューターの先につながる点火プラグは、シリンダー毎に2本のツインスパーク。ダッシュボードのスイッチから調整が可能だ。
J12の長いボンネットを開くと、ガラス質状に焼かれたエグゾースト・マニフォールドが光を反射する。9.4Lが生み出す能力の高さを自負するように。「秩序と純粋さの最高傑作」だと、評論家の1人が言葉を残している。
タイプ68のプロトタイプ・ユニットでは、圧縮比は6:1。3000rpmと緩やかな回転数で、最高出力202psを発揮した。ブガッティ・ロワイヤル・タイプ41を含む、当時の大型グランドツアラーを凌駕する性能だった。
巨大な運動エネルギーを受け止めるため、上等なドラムブレーキも装備。ビルキクトが設計したサーボを備え、ペダルを思いきり踏む必要はない。ウオームギアのステアリング・ラックは油圧でアシストされ、操舵感は正確で軽い。