欧州カー・オブ・ザ・イヤー歴代受賞車 一挙紹介 後編 無名の迷車・珍車も数多し

公開 : 2022.03.19 06:06  更新 : 2022.03.19 07:06

欧州で最も高く評価されたクルマとは。欧州カー・オブ・ザ・イヤーを勝ち取った全59台を一挙に紹介する後編。

1993年:日産マイクラ

本命のフィアット・チンクエチェントを抑えての受賞は並大抵のことではない。軽快で経済的なエンジン、優れた燃費性能、そしてキュートなスタイリングが、マイクラ(日本名:マーチ)を頂点に押し上げた。

丈夫なボディと集中ロック、ABSなど、当時としては素晴らしい安全装備も用意され、ユーザーをショールームに誘い込んだ。

1993年:日産マイクラ
1993年:日産マイクラ

しかし、腐食に弱く、生産が終了する頃にはリアフェンダーの辺りに錆びが目立つようになった。2002年まで生産され、その後、丸っこい外観のK12型にモデルチェンジしている。

1994年:フォード・モンデオ

欧州ではシエラ、米国ではマーキュリー・トパーズ、ニュージーランドや南アフリカ、オーストラリア、日本ではフォード・テルスターに代わる後継モデル。世界戦略車を目指し、ラテン語の「Mundus(世界)」を語源とするモンデオと名付けられた。

セルフレベリング・サスペンションとアダプティブ・ダンピングのおかげで、将来のフォードの雛形となるダイナミックかつ落ち着いたハンドリングを実現。これが高く評価され、受賞に至った。

1994年:フォード・モンデオ
1994年:フォード・モンデオ

前輪駆動のモンデオは、フォードの名高いクイッククリア・ヒーター付きフロントガラスを採用したほか、運転席エアバッグを発売当初から搭載した最初のクルマの1つとなった。

初代は150万台が生産された。1996年の大規模な改良(Mk2)では無機質なスタイリングに手を加え、スポーティなST24とST200が導入されている。

1995年:フィアット・プント

ジョルジェット・ジウジアーロがデザインした可愛らしいプントは、審査員から「室内空間が広い」「作りがいい」と好評を博した。3ドア、5ドアのハッチバックとコンバーチブルがあり、非常にお買い得であることも評価された。

エンジンの多くはウーノから受け継がれ、FIRE(Fully Integrated Robotised)エンジンも導入。旧型の鋭いハンドリングはそのままに、より成熟したパッケージングとなった。

1995年:フィアット・プント
1995年:フィアット・プント

1997年には、フィアット独特の「ブルーム・イエロー」ペイントを施した最高出力136psのプントGTが登場。初代プントは1999年まで販売され、その後、新型に切り替わった。今でも欧州では数多く見かけることができる。

1996年:フィアット・ブラーボ/ブラーバ

前年に続き、フィアットの2連勝。新世代のスモールファミリーカーとして、斬新なアプローチを試みたモデル。3ドアのブラーボ(男性系感嘆詞)が正確なハンドリングを提供するスポーティなモデルであるのに対し、5ドア・リフトバックのブラーバ(女性系感嘆詞)は快適性を重視したモデルであった。

両モデルともコストパフォーマンスと品質に優れ、プジョー406から首位を奪った。また、このクラスでは比較的珍しい個性的なデザインも評価ポイントとなった。

1996年:フィアット・ブラーボ/ブラーバ
1996年:フィアット・ブラーボ/ブラーバ

1999年のフェイスリフトでは、新しいJTDディーゼルエンジンが導入され、高性能仕様のHGTはVVT(可変バルブタイミング)を受けて出力が8psアップし、157psとなった。2001年に後継のフィアット・スティーロと交代している。

MPVのムリティプラとリアナもブラーボ/ブラーバのプラットフォームから派生した。

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    平成4年生まれ愛知在住。幼少期から乗り物好き。住宅営業や記事編集者といった職を経て、フリーランスとして自動車メディアで記事を書くことに。「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。

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