ピニンファリーナの美しいデザイン 35選 大衆車からスーパーカーまで

公開 : 2022.03.26 06:05

1962年:BMC ADO16

ピニンファリーナは、「陸蟹」とも言われる1800のスタイリングも担当した。最大のヒットは1100と1300で、1960年代の英国で最も売れたクルマの1つである。オースチン、MG、ライリー、モリス、ウーズレー、バンデン・プラなど各ブランドから販売された。

1962年:BMC ADO16
1962年:BMC ADO16

1965年:ディーノ・ベルリネッタ・スペチアーレ

パリ・モーターショーで発表されたこのコンセプトは、その後30年間、ピニンファリーナがデザインしたすべてのフェラーリに見られるスタイリング要素を組み込んだものである。ディーノ・ベルリネッタ・スペチアーレは2017年、自動車イベントで440万ユーロ(約6億8800万円)で売却された。

1965年:ディーノ・ベルリネッタ・スペチアーレ
1965年:ディーノ・ベルリネッタ・スペチアーレ

1966年:フィアット124スポーツ・スパイダー

1966年に発表され、1985年まで生産された124スポーツ・スパイダー(後期にスパイダー・ヨーロッパと改名)は、大成功を収めたモデルである。20万台以上が生産され、その多くが米国に輸出された。

1966年:フィアット124スポーツ・スパイダー
1966年:フィアット124スポーツ・スパイダー

1966年:アルファ・ロメオ・スパイダー

1993年まで生産されたスパイダーは、幾度となくデザインが見直された。しかし、いずれもオリジナルのボートテール型「デュエット」を超えることはできなかった。

1966年:アルファ・ロメオ・スパイダー
1966年:アルファ・ロメオ・スパイダー

1967年:1800ベルリーナ・アエロディナミカ

発表から半世紀を経た今でも、アエロディナミカの洗練性は評価されているが、当時は大きな影響力を持っていた。ローバーSD1、シトロエンGS、CX、アルファ・ロメオ・アルファスッド、ランチア・ベータなどは、すべてこの画期的なデザインからヒントを得ている。

1967年:1800ベルリーナ・アエロディナミカ
1967年:1800ベルリーナ・アエロディナミカ

1968年:ベントレーT1

ピニンファリーナが実業家ジェームズ・ハンソンのために製作し、1968年のパリ・モーターショーに出品した車両。当時ロールス・ロイスは興味を示さなかったが、ピニンファリーナは1975年にシルバーシャドーをベースにしたクーペ、カマルグを発表している。

1968年:ベントレーT1
1968年:ベントレーT1

1968年:フェラーリ・デイトナ

クーペは365GTB/4、カブリオレは365GTS/4として販売されたデイトナ。スーパーカーがミッドエンジン方式を採用し始めていた時代に、4.4L V12をノーズに搭載したモデルだ。最高出力は367ps、最高速度は280km/hに達した。

1968年:フェラーリ・デイトナ
1968年:フェラーリ・デイトナ

1968年:プジョー504

ピニンファリーナのアルド・ブロヴァローネは、プジョー504のデザインで素晴らしい仕事をしたが、真価を発揮したのはセダンやワゴンではなく、もっとエレガントなクーペとカブリオレ(写真)であった。標準モデルの1年後に登場し、1983年まで販売された。

1968年:プジョー504
1968年:プジョー504

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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