ピニンファリーナの美しいデザイン 35選 大衆車からスーパーカーまで

公開 : 2022.03.26 06:05

1975年:フェラーリ308GTB

308GTBとそのタルガトップの兄弟車GTSは、本国では208として販売され、税金対策に2.0Lのターボチャージャー搭載モデルも設定された。最初の車両はグラスファイバー製だったが、1977年にスチール製に切り替わった。1985年、ピニンファリーナは308を整理し、328とした。

1975年:フェラーリ308GTB
1975年:フェラーリ308GTB

1978年:XJスパイダー

ジャガーXJSがこのような姿をしていれば、最初の40年間を荒野で過ごすことはなかっただろう。Eタイプの曲線にインスパイアされたXJスパイダーは、5343ccのV12を搭載し、1978年のバーミンガムNECモーターショーでデビューしたが、それ以上の発展はなかった。

1978年:XJスパイダー
1978年:XJスパイダー

1980年:ピニン

ピニンファリーナの生誕50周年を記念してデザインされたピニンは、フェラーリ400GTのフロアパンをベースに製作されたが、不動のショーカーだった。その後、個人所有となり、新しいオーナーが400GTのエンジンとトランスミッションを搭載し、走行可能な状態に仕立てている。

1980年:ピニン
1980年:ピニン

1983年:プジョー205

プジョー205は発売から40年近く経つが、いまだに新鮮で興味深い存在である。1983年から1998年まで生産され、500万台以上を売り上げた。おそらく、史上最も美しいコンパクトハッチバックだろう。

1983年:プジョー205
1983年:プジョー205

1984年:フェラーリ・テスタロッサ

しなやかなボクサーから一転、強烈なインパクトを放つテスタロッサが姿を表す。キャビンの後ろに積まれた4.9Lフラット12に空気を送り込むサイドストレーキを備えた、アグレッシブなスタイルとなっている。1991年のフェイスリフトで512 TRに姿を変え、1994年にはF512 Mが登場した。

1984年:フェラーリ・テスタロッサ
1984年:フェラーリ・テスタロッサ

1995年:ベントレーアズール

1990年代半ば、この上なくゴージャスな4シーターに法外な金額を使うなら、アズールほどスタイリッシュで分かりやすい選択肢はないだろう。ピニンファリーナの仕事は、コンチネンタルRをコンバーチブルにすることであり、素晴らしい成果を残したと言えるだろう。

1995年:ベントレー・アズール
1995年:ベントレー・アズール

1997年:プジョー406クーペ

プジョー406のセダンやワゴンは現在でもモダンな印象を与えるが、最もコレクターが多いのはクーペである。406クーペは英国で人気を博し、後継の407クーペには決して真似のできない成功を収めた。

1997年:プジョー406クーペ
1997年:プジョー406クーペ

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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