時代の最高速モデル 1950年代 メルセデス・ベンツ300SL レーシングカー譲りの262.3km/h

公開 : 2022.04.17 07:06  更新 : 2022.08.08 07:12

70年前のクルマとは思えない車内

300SL クーペの主要市場は、要求の厳しい北米。充分な性能が発揮されなかったり、信頼性が高くなければ、多大な開発コストがそのまま跳ね返ってくるリスクがあった。

そこで、搭載されるエンジンのすべてに、24時間に及ぶランニングテストが実施された。そのうちの4時間は、高負荷条件。テスト後に分解し、内部状態を確かめ、スペースフレーム・シャシーへ組み付けられた。

メルセデス・ベンツ300SL クーペ(1954〜1957年/欧州仕様)
メルセデス・ベンツ300SL クーペ(1954〜1957年/欧州仕様)

加えて300SLは、人間工学的にも最高水準にあった。生産から70年が経過するとは思えないほど、車内のレイアウトは入念に考え抜かれている。運転席に座れば、すぐにクルマとの距離が縮まる。

サイドシルは分厚く、ガルウィングドアを開き、大股で乗り降りするのは簡単ではない。しかしステアリングホイールがチルトするから、そこまで難しい動作でもない。

大径のステアリングホイールは2スポーク。着座位置はかなりクルマの中央寄り。ボディと同色に塗られたダッシュボードには、大きなレブカウンターとスピードメーターが並び、小さなメーターが4枚、隙間を埋める。

スライドレバーで調整するベンチレーション機能は、当時としては先進的。主要な操作系がドライバーにとって最適な位置関係にある。この親しみやすさは、いかにもメルセデス・ベンツらしい。

自動車史にとっても価値のある1台

発進も難しくない。高い位置のHパターン・ゲートから伸びるレバーは扱いやすい。クラッチペダルは若干重めだが、正確につながる感覚を得られる。

低い速度でも、風切り音は大きい。複雑な形のガルウィングドアを、完全に密閉するのは難しいのだろう。だが、2500rpmを超えた辺りから直列6気筒エンジンの唸りが大きくなり、ほどなくかき消されてしまう。

メルセデス・ベンツ300SL クーペ(1954〜1957年/欧州仕様)
メルセデス・ベンツ300SL クーペ(1954〜1957年/欧州仕様)

そのまま、豊かなエンジンノイズに包まれる。ドイツ・テクノに陶酔するように。

滑らかに加速し、高いスピードでコーナーへ侵入する。300SL クーペに与えられた狭めのトレッドと、スイングアクスルのリア・サスペンションの存在を実感する。

ステアリングホイールには、沢山のフィードバックが伝わってくる。だが、コーナー出口へ向けて、正確にラインを辿ることは簡単でもないようだ。

非常に珍しいメルセデス・ベンツ300SL クーペは、ブランドとしてだけでなく、自動車史にとっても価値のある1台だ。まさにクルマの世界遺産。今回の企画の10台から1台を選ぶなら、筆者は迷わずこれにするだろう。

メルセデス・ベンツ300SL クーペ(1954〜1957年/欧州仕様)のスペック

英国価格:4393ポンド(1954年時)/100万ポンド(約1億6000万円)以下(現在)
生産台数:1400台
最高速度:262.3km/h
0-97km/h加速:9.3秒
車両重量:1295kg
パワートレイン:直列6気筒2996cc自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:240ps/6100rpm
最大トルク:29.9kg-m/4800rpm
ギアボックス:4速マニュアル

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    オルガン・コーダル

    Olgun Kordal

    英国編集部フォトグラファー
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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