工場の余剰生産能力が自動車産業を脅かす理由 欧州工場の稼働率低下

公開 : 2022.04.13 06:05

苦しい状況の続く自動車業界。稼働率の低い工場はコスト効率が悪く、規模縮小や閉鎖へと繋がる恐れがあります。

欧州では生産能力の6割しか使われていない

2016年、英国は170万台の自動車を製造した。昨年は、わずか85万575台しか製造していない。英国には少なくとも、あと75万台の自動車を製造できる余力がある。

ここ数年、新型コロナウィルスのパンデミックに続いて半導体不足と、自動車業界全体で苦しい状態が続いている。自動車メーカーは、2022年内とは言わないまでも、間違いなく2023年にはもっと多くの自動車を出荷したいと考えているはずだ。

昨年閉鎖したホンダのスウィンドン工場
昨年閉鎖したホンダのスウィンドン工場

しかし、それが実現されなければ、生産能力の「余剰」に伴うコストによって、競争力を削がれることになるだろう。

生産能力過剰に悩んでいるのは英国だけではない。アナリスト企業イノヴェヴ(Inovev)の調査によると、欧州には約2200万台を製造できるだけの組立工場があるが、昨年の生産台数は1500万台を割り込んでいる。総生産能力に対する稼働率は60%に過ぎず、過去20年間で最も低い水準にあると推定されている。

イノヴェヴは3月に発表した報告書で、「今後10年の生産予測があまり楽観的でないことを考えると、メーカーは工場の生産能力を減らしたり、いくつかの工場を閉鎖したりすることを検討するだろう」と述べている。

この見解は、ステランティスのカルロス・タバレスCEOも最近の戦略発表会で同じことを語っている。イノヴェヴの調査結果では、ステランティスの昨年の工場稼働率は60%以下であった。これは、シトロエンフィアットプジョーなど14のブランドを同じ旗の下で運営するグループ会社としては、あまりに低すぎる数字だ。

タバレスCEOは、欧州市場の理想的な規模は1800万から2000万の間であると考えている。同氏は戦略発表会で、「このまま1500万台程度で推移するのであれば、生産能力に関する措置(工場の閉鎖など)が必要になる」とコメントしている。

人件費の安い地域への流出 阻止を図る政府

英国では、予後はあまりよくない。英国自動車製造販売協会(SMMT)は2015年、1972年の記録である192万台を2018年までに更新するという楽観的な見方を示していた。それ以降、ブレグジット、パンデミック、サプライチェーン不足、そして電動化がもたらす製造業の根本的な転換があり、こうした予測はもう見られなくなった。

イノヴェヴは、2030年になっても英国の自動車製造台数は100万台を超えられないと予測している。3月の報告書の中では、「英国からメーカーが撤退する可能性は排除できない」と書かれている。昨年、ホンダはスウィンドン工場を閉鎖した。

エルズミア港にあるヴォグゾールの工場。これまでエンジン車のアストラを製造してきたが、電動商用バンの製造のため大規模改装が行われる。
エルズミア港にあるヴォグゾールの工場。これまでエンジン車のアストラを製造してきたが、電動商用バンの製造のため大規模改装が行われる。

一般的にコストの高い国にある工場は、稼働率が低くなる。そうした工場の所有者は、東欧や南欧の安価な国に生産を移すことでコストを削減している。東欧や南欧の稼働率が高いのは、偶然ではない。

イノヴェヴによると、フランス、イタリア、英国、ドイツ、イタリア、ポーランドの稼働率は50~54%と低く、反対に最も高いのはポルトガル、ハンガリー、ルーマニア、スウェーデン(後者はボルボの人気に後押しされて異常値となっている)だそうだ。

人件費の違いも無視できない。欧州連合(EU)の統計局、ユーロスタットが発表した2021年の時間当たり労働賃金を見ると、フランスが37.90ユーロ(約5172円)、ドイツが37.20ユーロ(約5076円)なのに対し、ポルトガルは16ユーロ(約2183円)、チェコは15.30ユーロ(約2088円)、クロアチアは11.20ユーロ(約1528円)となっている。英国は2019年(入手可能な直近の数字)で1時間あたり28.50ユーロ(約3890円)だった。

各国政府は自国から製造業が流出するのを阻止しようとしている。英国は昨年、リバプール近郊のエルズミア港の利益を守るため、ステランティスがヴォグゾールの工場改装に充てる1億ポンド(約163億円)のうち30%を負担すると発表した。

エルズミア港は、以前から自動車メーカーに人気がない。2012年には、当時の英国経済大臣ヴィンス・ケーブルがジュネーブ・モーターショーに特別出張し、当時の港オーナーであったゼネラルモーターズに予定通り工場を閉鎖しないように説得した。

自動車メーカーは、政治的な影響を受けないよう、工場閉鎖のさまざまな方法を考え出さなければならなかった。その1つが、工場の「再利用」である。ジャガーランドローバーは、キャッスル・ブロムウィッチにあるジャガー工場でこの戦略をとっている。同社は昨年、不特定の時期に稼働を停止するが、他の活動には引き続き使用されると、詳細には触れずに発表している。

一方ルノーは、2024年にパリ郊外のフラン工場の新車生産を停止した後、中古車を再生する「リファクトリー」にする計画だ。

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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