自動車史上最悪の失敗 エドセル たった3年で消えた幻のブランド 前編

公開 : 2022.04.23 20:05

「全く新しい自動車の構想」

これは、若きデザイン主任、ロイ・ブラウン(1916~2013年)に課せられた、不可能に近い課題であった。なぜなら、フォードが新たに採用した「互換性」というアプローチは、既存のボディを流用することを意味し、オリジナルの要素はノーズとテール、バンパー、リアドアの下部パネル、ボンネットとトランクリッド、装飾、グリルのみに限られたからだ。

こうした縛りにもかかわらず、「美的な独自性は不可欠である」と目標に掲げられている。そこでブラウンは、当時流行していたテールフィンを廃止し、現在でもモダンな印象を与えるブーメラン型のリアランプを採用した。まるで、数年後には米国車からフィンが消えてしまうことを予見していたかのようだ。「キャデラックのフィンは嫌いだった。危険でもあったんだ」と彼は語っている。

ロイ・ブラウン(1916~2013年)
ロイ・ブラウン(1916~2013年)

縦型グリル

ブラウンらデザインチームはまず、スタジオの壁に既存のクルマの写真を貼り付けていった。すると、米国車のほとんどのグリルは水平基調だが、ロールス・ロイスメルセデス・ベンツジャガーなど、欧州の高級車には、縦型のエアインテークが備わっていることに気づく。

そこでブラウンは、エドセルで縦型のグリルを採用することで、米国車の中で際立った外観を確保することに成功した。

水平基調のグリルが流行る米国車の中で、ひときわ目立つ意図があった。
水平基調のグリルが流行る米国車の中で、ひときわ目立つ意図があった。

グリルの改悪

エドセルの初期スケッチでは、カウンターウェイトのクォーターバンパーに挟まれた細長い縦長の楕円が、エレガントな印象を与えていた。

しかし、エンジニアからの要求により、冷却のために開口部を大きく取ることに。二重になった馬の頸輪(くびわ)のような形状は、「レモンを吸うオールズモビル」と呼ばれ、このグリルがエドセルのマーケティングの基礎となる。しかし、物議を醸すデザインであり、一部の人の目には醜く映ってしまった。

エンジン冷却のために開口部を大きく取ることを求められ、初期デザインから印象を変えることになった。
エンジン冷却のために開口部を大きく取ることを求められ、初期デザインから印象を変えることになった。

良い名称を探して

エドセル(Edsel)。それは、決して美しい言葉ではない。社会学者からフォードに転身したデビッド・ウォレス(1908~74年)は、新ブランドの命名を任され、代理店を雇って考案を依頼したり、消費者調査を行ったりした。しかし、あまりに反応がないことに驚いた。

試しに「ビュイック」の名を混ぜてみたところ、このライバルの名前にも反応がない。ウォレスは、調査を昼食後に行ったために、対象者の多くが寝ぼけていたのではないかと勘ぐった。

エドセルという言葉は米国人にとって、「weasel(イタチ)」や「dead cell(死んだ細胞)」を連想させる、語感の悪いものだった。
エドセルという言葉は米国人にとって、「weasel(イタチ)」や「dead cell(死んだ細胞)」を連想させる、語感の悪いものだった。

幻想的すぎる名称候補

追い込まれたウォレスは文学界にも目を向け、米国の詩人マリアン・ムーア(1887~1972年)を起用する。これにより、自動車業界では見たこともないような優雅な言い回しが次々と生まれ、後に『ニューヨーカー』誌にも掲載された。ただし、独創的ではあるが、どうしようもない候補が列挙された。

最も悪名高いのは、ユートピア・タートルトップ、レジリエント・バレット、マングース・シヴィーク、アンダンテ・コン・モト、フォード・シルバーソード、バーシティ・ストロークなどである。ムーアにギャラを支払わなかったのも、無理はない。

マリアン・ムーア(1887~1972年)は、ピュリッツァー賞や全米図書賞など権威ある賞をいくつも受賞している。
マリアン・ムーア(1887~1972年)は、ピュリッツァー賞や全米図書賞など権威ある賞をいくつも受賞している。

(後編へ続く)

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・ブレンナー

    Richard Bremner

    英国編集部
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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