1台限りのヴィニャーレ・ボディ アストンマーティンDB2/4 ベルギー国王の特注車 後編

公開 : 2022.05.28 07:06

落ち着いたコーナリングに力強いエンジン

ヴィニャーレ社のボディは、フランク・フィーリー氏が手掛けたアストン マーティンのオリジナルより重く、恐らく剛性も高くない。それでも、エンジンへ強くムチを入れずとも、不満なく意欲的に運転できる。

ステアリングホイールへは、路面のうねりの状況が僅かに伝わってくる。当時物の肉厚で幅の細いタイヤが叶える、アンダーステア気味のコーナリングは落ち着いている。

アストン マーティンDB2/4 ヴィニャーレ・ボディ(1955年/欧州仕様)
アストン マーティンDB2/4 ヴィニャーレ・ボディ(1955年/欧州仕様)

巨大なドラムブレーキが生み出す制動力も充分。しかし数回ハードブレーキングを試したら、ペダルのストロークが長く変化した。

シフトレバーの動きは、直感的で機械的。1速に入れたいところで、3速へ誘導されそうになる癖があるから、腕は丁寧に動かさなければならない。うっかりリバースに入らないようにも、気を使う。

新調された3.0L直列6気筒エンジンは、力強い。クラッチを一気につないでも、特に不満も漏らさない。

ハイレシオのステアリングは、タイトコーナーで重さを実感する。後付けされた電動パワーステアリングは、機能していなかった。

左ハンドル車としての弱点の1つが、ステアリングホイール自体がドア側へ近いこと。腕を自由に動かせる空間が限られ、急いで切戻しするような場面ではもたついてしまう。

フィーリーのデザインとは異なる趣き

とはいえ、ヴィニャーレ・ボディのDB2/4の場合、シリアスな走りはさほど重要ではない。革新的とはいえなくても、不完全ながら美しいボディとの組み合わせに、大きな価値がある。

それが理由で、早々にボードゥアン国王は手放してしまったようだ。しっくりこないドライビングポジションと、人目を集めるスタイリングが、彼の気持ちを遠ざけてしまったのだろう。

アストン マーティンDB2/4 ヴィニャーレ・ボディ(1955年/欧州仕様)
アストン マーティンDB2/4 ヴィニャーレ・ボディ(1955年/欧州仕様)

また1958年には、より高速でスタイリングの優れたアストン マーティンDB4が登場し、ひと昔前のDB2/4の存在意義は薄れてしまっていた。最新で最高を求めた時代に、特別なボディだけでは充分とはいえなかった。

アストン・ワークショップ社が見事にレストアした、ヴィニャーレ・ボディのDB2/4。利益優先のプロジェクトではなかったが、現在350万ポンド(5億8450万円)の価格で売りに出ている。復元に要した、極めて多大な職人の工数を表す数字だといえる。

50年ほど前は、この手のクルマの人気は限定的だった。現在でも、珍しさが望ましさと完全に一致するわけではない。フランク・フィーリー氏のデザインとは異なる趣きを持つ、華やかなミケロッティのスタイリングを好む人は限られるかもしれない。

それでも、唯一生き残ったヴィニャーレ・ボディのアストン マーティンDB2/4は美しい。インターネットを通じ、新たなオーナーが名乗り出る日も遠くはないと思う。

協力:アストン・ワークショップ社

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ウィル・ウイリアムズ

    Will Williams

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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