制裁下ロシア 80年代スペック「旧車仕様」の新車生産 背に腹は代えられぬ背景
公開 : 2022.06.05 10:05
露最大のトラックメーカーに取材
環境基準が「ユーロ0」のクルマは輸出することができない。あくまでもロシア国内向けの新車となる。
ロシアの天然資源省は排出基準が環境に悪影響を及ぼすことを危惧しているそうだが、新車をつくりたくても現在の基準(ユーロ5以上)を満たすクルマは物理的に生産が不可能なので、背に腹は代えられない状況だろう。
また、「西側諸国からの部品入手ができなくても昔の方法で新車をつくることができる!」という、経済制裁への対抗という見方もある。
実際に旧車仕様の新車をつくることを公表しているロシアの自動車メーカーは複数ある。
例えば、ロシア最大のトラックメーカー「KamAZ(カマズ)」ではかなり早い3月上旬の時点で「輸入部品の供給が止まっているため、K3(同社の主力である重量級トラック)向けの部品は国内メーカーから供給することにして、一部機能を省略して生産する」と発表している。
ちなみにそれまでのK3のエンジンは米国カミンズ社、ギアボックスはドイツZF社から供給を受けていた。
当初は旧型トラックを復刻生産させる、というウワサもあったので、筆者は直接、カマズの広報担当者にメールを送ってみた。
すると意外と早く返事が届いた。
「残念ながら、(旧型トラックを復刻生産するという)あなたの情報は真実ではありません。K3、K4、K5世代の最新型トラックは引き続き生産しており、旧型トラックの再販は考えておりません」
「ただし、部品不足のため、K3世代のトラックの一部を『ユーロ3』規格で生産する予定です。世界の自動車メーカーが部品不足の問題を抱えています。当社の活動に関する追加情報は、いつでも当社のウェブサイトでご覧いただけます」
K3トラックの一部を「ユーロ3」規格で生産する発表は本当だった。
旧ソ連の象徴「モスクヴィッチ」が復活
カマズの動きはかなり早いと思われるが、5月下旬には驚きのニュースが届いた。
なんと、歴史あるロシア車「モスクヴィッチ」ブランドを復活させるという内容だ。
しかも、ルノーが所有していた主要な工場を宣言どおり国有化し、旧ルノー工場のスタッフおよび、下請け企業の雇用も守るという。
モスクヴィッチとは「モスクワっ子」の意味でモスクワ市が独オペルの生産設備を接収して1947年に設立、2002年に破産した旧ソ連を象徴する歴史的な自動車ブランドである。
この動きを1970年代からのロシアの自動車事情に詳しい大手商社のロシア駐在員だったK氏は、どう見ているのだろうか?
なお、K氏は1980年代、Faia(外国自動車輸入協同組合)によるラーダ・ニーヴァの日本輸入に尽力された方でもある。話を聞いてみた。
「古い話ですが小生が最初にモスクワ駐在したのが1970年で、1979年からソ連車ラーダ・ニーヴァの輸入の検討を開始し、数百台を輸入したのちソ連側の事情で1989年に撤退しました」
「1970年代のソ連車のラインナップは最高級車のジル(共産党・政府の幹部用)、次がチャイカ、そしてタクシーでも使われていた中型のヴォルガ、小型のモスクヴィッチ、ザポロージエ(リアエンジン)、そしてフィアットの協力で建設した工場からラーダ・ブランドの各種小型車が登場しました」
「最初の駐在時は事務所用の中型車ヴォルガを自分で運転していましたが、プラスチック製のパワステ無しのステアリングが重たくて手こずりました」
「燃料計はフロート式で正確ではなく、車高も高く、バンパーは頑丈で、バックの際に街灯の支柱にガーンとぶつけたときもまったくへこまなかったような、まるで戦車のようでした」
「2回目の駐在の時はラーダのジグリと云う小型セダンを運転しました。こちらはより西欧風でしたが、品質的にはパネルの合わせ目の隙間などに難がありました。当時のクルマは排ガス対策などなかったと記憶しています」
「ユーロ0での生産を一時的に許可するというロシア政府の判断ですね。もし、ロシアが排ガス規制に合致するか否かに関係なくクルマを生産してロシア国内でのみ使えることを許可すれば、それはロシアの勝手です」
「電子制御に必要な外国製部品(例えばボッシュ製)が輸入出来ない現状ではやむを得ないのでしょう。5月上旬時点ですでに規制に合致しないクルマを5000台前後生産したと聞いています」
カタチは最新のままで、中身は旧ソ連時代……なんとも不思議なクルマが誕生しつつあるようで、それはそれで、興味深いクルマではある。
しかし、望むべくはロシアとウクライナに平和が訪れ、かつてのように海外の自動車メーカーがロシア国内で生産を再開することである。
そのような日が1日も早く訪れることを願うばかりである。