F1の歴史を守り続ける秘密の「整備工場」 マクラーレン・ヘリテージの驚くべきコレクション

公開 : 2022.06.25 18:05

新たなビジネスチャンス 必要とされる高度な技術

このカスタマー・カーが、今後の鍵になる。デニスの退社で揺れるマクラーレン・レーシングのトップに就いたザク・ブラウンは、商機を見出したようだ。シリーズ1やシリーズ2のマシンは売り物にはならないが、それ以外の、戦績の少ないマシンは取引可能だ。そして、売って終わりではなく、維持と運営で継続的な収益を得ることもできるのだ。

とはいえ、課題も多い。例えば、ラザフォードが所有していた1974年のインディカーは、さまざまなオーナーを経て、フルレストアのためにマクラーレンに戻ってきた。

マクラーレンの手がけたクルマとはいえ、F1マシンの整備は簡単な仕事ではない。
マクラーレンの手がけたクルマとはいえ、F1マシンの整備は簡単な仕事ではない。

「所有していた人のレベルや力量にもよりますが、あまりの貧弱さにかなりショックを受けています。だから、これはわたし達にとって非常に大きなプロジェクトなんです」とラルは言う。

最近のハイブリッドマシンがすぐにここに来ることはないにしても、F1エンジンは非常に複雑な機械だ。

「こうしたクルマ(ハイブリッド以前のもの)を走らせるには、小さな軍隊が必要です。メルセデスの助けを借りれば走らせることも可能ですが、最新のものについては、F1チーム以外で走らせることはできないと思います」

古いクルマを手入れする難しさ 歴史への愛情

ソフトウェアも大きな問題だ。ジュリアン・コーツはシステムエンジニアのスペシャリストで、古いコンピュータを動かすという難しい仕事を担っている。1993年以降ならまだしも、それ以前のホンダ製エンジンのコードを見ることはできない。

「盲目的にやっているんです」と彼は言う。「マルチメータ(テスター)を使ったりして、何が起こっているのかを理解しようとするハックもありますが、時間がかかるし、時々予期せぬ問題が出てくることもあります」

「セナ」の名が入った古いコンピュータ
「セナ」の名が入った古いコンピュータ

例えば、マクラーレンのテクノロジー・センターで古いコンピュータをネットワークにつないだところ、古いマルウェアが入っていたために、すべてのアラームが作動してしまったことがあるという。その時、コーツはどうしたか?「すぐに電源プラグを抜きましたよ」

レースチームでないにもかかわらず、そのようなメンタリティーで運営されているのは興味深いことだ。フロアで働く人々の間では、フェルナンド・アロンソ/ジェンソン・バトン/ホンダの時代(埃を被っているマシンが何台かある)に対する愛情はほとんど失われていない。一番大事にされているのは優勝したクルマだ。

そして、その背景には人間模様がある。幅広い年齢層が働いていて、お互いに助け合うことを大切にしている。ゲイリー・ウィーラーやコーツといったベテランだけでなく、クリス・クーサルのような若手もいるが、上下関係はあまり感じられない。

ウィーラーはクーサルのアイデアをよく聞き入れるし、その逆もまた然り。2人は異なる時代の自動車に詳しく、それぞれ専門知識を持っているのだ。こうした世代間交流がなければ、技術は時間の流れの中で失われてしまうだろう。

記事に関わった人々

  • 執筆

    ピアス・ワード

    Piers Ward

    英国編集部ライター
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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