エンジンに失望させられた名車 24選 パワー不足や故障に泣いた不運のモデルたち
公開 : 2022.07.09 06:05
ボルボ260(1974年)
四角い箱のような形のボルボ260は、運転の楽しさはあまりないが、安全かつ快適な家族の移動手段である。ライバルの多くがライスペーパー並みの耐久性しかなかった時代に、見事なまでによくできた頑丈なクルマであった。
しかし、プジョー、ルノー、ボルボの3社で共同開発した排気量2664ccのオールアルミ製PRV V6エンジンは、カムシャフトの摩耗が激しく、オーバーヒートが当たり前でブロックがすぐにゆがむなど、信頼性の低さには衝撃を受ける。このエンジンは、後にデロリアンやルノー・アルピーヌGTA、A610にも搭載されることになる。
ランチア・ガンマ(1976年)
革新的な技術で知られるランチアだが、1970年代にはベータやガンマのような災難に見舞われることになる。ベータは2.5Lの水平対向4気筒エンジンを搭載した、前輪駆動の上級セダン(またはクーペ)だ。しかし、ステアリングをフルロックするとカムベルトがガイドから滑り落ちるほか、ピストンとバルブが破壊されることもよくあった。不器用なクルマだ。
GMのV8ディーゼル車(1978年)
1970年代のオイルショックを受け、米国の自動車メーカーは燃料消費量を削減するために創意工夫を凝らすようになった。GMはディーゼルエンジンに頼ったが、この5.7L V8はガソリンと同じヘッドボルトを使用している。
しかし、圧縮比が高いため、ボルトが伸び、ヘッドガスケットが抜け、シリンダー内に冷却水が溜まり、コンロッドが曲がってしまった。GMは保証請求の嵐に見舞われながらも、1985年までディーゼルにこだわり続けたが、ついに断念した。
メルセデス・ベンツ300SD(1979年)
メルセデスのSクラスは、パフォーマンス、ラグジュアリー、安全性において常に先駆者であった。そのため、メルセデスが史上初のターボチャージャー付きディーゼルエンジン搭載のセダンを発表したとき、大きな期待が寄せられた。
残念ながら、その期待は見当違いであった。5気筒ディーゼルの出力は115ps、トルクは23kg-mで、最高速度は165km/hにとどまる。300SDは米国でのみ販売されたが、当然のことながら販売台数はかなり少ない。いずれにせよ、燃料価格の高騰という存在理由そのものが薄れてしまった。
シボレー・コルベット305カリフォルニア(1980年)
カリフォルニア州の厄介な排ガス規制のせいで、多くのマッスルカーやスポーツカーがやせ衰えてしまったが、その中でも最も悲しいのはこれであろう。最高出力180ps程度の305ci(5.0L)V8を搭載したコルベットが、ゴールデン・ステートで販売されたのである。
さらに悪いことに、マニュアル・トランスミッションの設定はなく、すべてのモデルにパフォーマンスをさらに低下させる3速ATが搭載されていたのだ。経済性にも優れていたとは言い難く、燃費は6km/l程度。わずか1年で生産が打ち切られたのも無理はない。