山岳救助隊に欠かせない4WD車 過酷な現場で選ばれるクルマとは

公開 : 2022.07.26 06:25

過酷な山岳救助の現場では、どのようなクルマが、どのように使われているのか。英国の山岳救助隊に密着しました。

いま、英国の山岳救助隊で選ばれるクルマとは

「しっかりつかまれ」

何の変哲もない言葉だが、これから金属製の担架に括りつけられて65度の急坂を下るという時に聞きたい言葉ではない。さらに別の言葉が脳裏に浮かぶ。「ボランティアを切り上げて早く帰りたい」

英国のブレコン・ビーコンズ国立公園で活動するセントラル・ビーコンズ山岳救助隊。隊員は皆、訓練を受けたボランティアである。
英国のブレコン・ビーコンズ国立公園で活動するセントラル・ビーコンズ山岳救助隊。隊員は皆、訓練を受けたボランティアである。    AUTOCAR

セントラル・ビーコンズ山岳救助隊のボランティアたちがこの恐怖を克服するために何をしたのかはわからないが、その30秒後には筆者は再び大地に立ち、空を見つめて、7人の救助隊と長さ数mのロープに全幅の信頼を置いているのである。

AUTOCAR取材班は英ウェールズにあるブレコン・ビーコンズ国立公園で、ウォーカーやサイクリスト、ライダー、羊の救助に命を捧げるボランティア隊員と一日を過ごしている。ランドローバーディフェンダーのフルモデルチェンジ後、このような過酷な労働環境で一体どんなクルマが使われているかを知るために、ここにやってきたのだ。

新型ディフェンダーは非常に印象的なモデルだが、経済性とデザインのために、初代をアイコンにしていた労働者たちの目には留まらなくなってしまった。現在、カンブリア州パタデールの山岳救助隊で使用されている1台があるが、多くのチームは別のクルマを検討・導入している。

セントラル・ビーコンズもその1つ。これまではランドローバー・ディフェンダー110とフォード・レンジャーを使用していたが、活動拠点の火災で乗り換えが早まった。代わりを探すのに手間がかかったものの、見つけ出したのは興味深いクルマだった。

セントラル・ビーコンズは、英国の他の山岳救助隊と同様、ボランティアであることを強調しておきたい。隊員たちには皆、本業があり、家庭があり、赤いジャケットを脱いだら「普通」の生活に戻るのだ。出動回数は月に130回(夏場が最も多い)、そのほとんどが週末で、1回あたり3~4時間かかるのが常である。

求められるのは快適性と実用性 オフロード性能は?

他の地域の山岳救助隊もそれぞれ独自の車両を検討しているが、すぐにわかったのは、彼らは縄張り意識が強いということ。異なるチームの地域間の境界線は「血で描かれることもある」と、事故処理担当のジョン・ゴダード氏は冗談交じりに話している。それに、クルマに求められる要件も地域によって変わってくる。セントラル・ビーコンズでは、ほとんどのエリアが林道なので、並外れたオフロード性能は必要ない。必要なのは、オンロードでもオフロードでも快適であること、そして実用的であることだ。

ゴダード氏は、その理由をこう説明する。「救助アイテム、医療キット、急流救助用具の運搬という基準を満たす必要がありました。また、将来性も考慮しなければいけません」

セントラル・ビーコンズ山岳救助隊で使用される、いすゞDマックス
セントラル・ビーコンズ山岳救助隊で使用される、いすゞDマックス    AUTOCAR

「ディフェンダーは山岳救助で活躍した歴史があり、装備も素晴らしいのですが、旧型の110は快適性や実用性に欠けるのです。わたし達の場合、作業の95%はオンロードで行われるため、積載量と快適性が必要でした」

当然のことながら、コストも大きな要素だ。ランドローバー・ディスカバリー5も検討したが、購入価格がネックになった。結局、いすゞのDマックス(いすゞが海外で販売しているピックアップトラック)を2台購入し、コストの5万6000ポンド(約920万円)は寄付金と拠点火災後の保険金で賄った。

国内の山岳救助活動を統括する慈善団体マウンテンレスキュー・イングランド&ウェールズは、英財務省から年間合計25万ポンド(約4100万円)を受け取り、国内の各救助隊に振り分けている。セントラル・ビーコンズでは、救助車両の再配備に22万6000ポンド(約3700万円)を費やしたので、この団体にとっては時間と費用の面で非常に大きな投資となったのである。

メカニカルな面では、導入されたいすゞDマックスに大きな変更はないものの、アンダーボディプロテクションを追加装着している。また、前後にウインチマウントを設置し、ロープを直接車体に取り付けられるよう、取り付けポイントも増やした。つまり、Dマックスが巨大なランドアンカーになるわけだ。

ウインチにも工夫が凝らされている。セントラル・ビーコンズでは、1台に2個のウインチを取り付け、前後どちらからでも引っ張れるようになっている。そのため、どの方向にスタックしても、自力で脱出することができるのだ。「前方にウインチをつけても、さらに泥沼に引きずり込まれるだけで、あまり意味がありません」とゴダード氏は説明する。

大きな変更点はリアのポッドで、旧型ディフェンダーよりもはるかに便利な代物だ。左右と後ろの計3枚のドアを開けると、きちんと区分けされた収納スペースがあり、それぞれにラベルが貼られている。奥行きは収納する機材と同じくらい。カラビナからロープ、ビレイデバイス、ストレッチャー、救急医療機器まで、文字通り必要なものはすべてここに収められている。さらに金庫が2つあり、厳重に管理された痛み止めの薬を保管している。

記事に関わった人々

  • 執筆

    ピアス・ワード

    Piers Ward

    英国編集部ライター
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    平成4年生まれ愛知在住。幼少期から乗り物好き。住宅営業や記事編集者といった職を経て、フリーランスとして自動車メディアで記事を書くことに。「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。

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