セアト・イビーサ・カップスター・コンセプト
公開 : 2014.07.26 23:40 更新 : 2017.05.29 18:44
セアト・カップスターは、イビーサの30周年を記念して作られたモデルである。今年春にオーストリアで行われたヴェルターゼ・フェスティバルに発表された折にには、詰めかけた観衆からは、実際に生産したとしても充分売れるだけの手応えを得たようだ。
その3ドアのセアト・イビーサ・ハッチバックと同じベースをもつ、2シーターの屋根なしスピードスターをバルセロナ郊外のハンドリング・サーキットで試すことができた。
バルセロナに拠点を置くセアトは、コンバーチブルをラインナップに加えるまでに成長を遂げた。しかし他メーカーとは事情が違っているのも事実である。実のところ、コンバーチブルのコンセプトカーが最後にお目見えしたのは2001年にまで遡る。その名もセアト・タンゴ。ルックスは良く、だれもが生産化に疑いの目を向けることはなかったのだが、最後の最後でフォルクスワーゲン・グループはゴーサインを下さなかったのだ。
ただしこのようなクルマ作る際、デザイナーの心を熱くすることは間違いない。”乗って楽しい、見て楽しい” と、チーフ・デザイナーのアレハンドロ・メソネロ氏。”われわれは、イビーサのウエストライン下部から、小さくなったルーフまでの全てを愛しているのです。太陽を感じ、光を存分に浴びる。風と戯れ、雨を感じる。 このクルマにイビーサのすべてが凝縮されています”
”楽しい” のいう言葉は、風に乗って運ばれてくるのだ。
このクルマが被写体としてキラリと輝くのは、静止している時よりも、風を切りながら走っている時だ。特に、低く構えた車体を認識できる角度。そんなアングルから見れば、このクルマをワンオフのコンセプトカーとして終わらせるのはとても惜しい。
引き続きデザイナー氏は、カップスターがどのようにしてイビーサ・クプラの高さを含むディメンションを取捨選択していったかを説明してくれた。”シンプルに言うと、ノーマルのクプラに、ルーフをもたない新しいボディとインテリアを組み合わせているのです。”
なるほど、カップスター(Cupster)なるモデル名は、クプラ(Cupra)とスピードスター(Speedster)の二文字からなる造語なのである。
メソネロ氏がカップスターをデザインし、セアトお抱えの10人の学生がエンジニアとして協力したのだそうだ。
そうすることによって、技術者やデザイナーの卵たちに、成長を続けるデジタル・デザインや工業界の中で実務的な経験を養ってもらうというわけだ。そうしてカップスターは4ヶ月の時を経て、完成した。
もちろんルーフを取り除くことによって、強度面における弊害は避けられない。そのためにシルは太く、ワイドになり、前後にはタワー・バーも追加された。また、Aピラーの基部はさらに強化され、リア・サスペンションの付け根から、Bピラーの基部に向けても強化材が用いられている。
これほど補強材が充てがわれると、さすがに車重増を心配する向きも少なくはないはずだが、恐れる事なかれ。ルーフが取り払われたおかげで、ベースとなったイビーサ・クプラの車重とまったく同じなのだ。
足元を見ていくことにしよう。イビーサ・クプラと比べて車高は30mm低められ、サスペンションは50%硬められている。またレオン・クプラから大径ブレーキを譲り受け、新しいデザインの18インチ・アロイ・ホイールに、扁平タイヤが組み合わされる。
181psの1.4ℓTSIエンジンと、7速のDSGギアボックスに変更はない一方、逞しい音を発するスポーツ・エグゾーストが奢られ、リア・ディフューザーには大径のマフラーは収められる。
フロント・エンドのデザインもイビーサ・クプラと共通である。つまりグロス・ブラックのグリルも健在だということだ。またサイドの盛り上がりはカップスター独特の雰囲気を演出している。
極端に小さくなったフロント・ガラスは、あるいは標準のイビーサと比べて傾斜が急になっていると感じられるかも知れないが、角度じたいに変化はない。そんなダーク・カラーのガラスは、サイドからリアへと続く。
シート後方はガラス・ファイバー製の黒いカバーで覆われ、今のところはカップスター・オレンジと呼ばれるカラーしか見ることは出来ないが、最終的には3色の展開になるのだと言う。どの色も、バルセロナの陽光に映えるかどうかを基準にして考えているとのことだ。
これらボディ・カラーは、黒いインテリアのトリムにも加えられ、開放感あるデザインだけに、エクステリア以上に重要なファクターとなっている。また後方をレザーで仕立てられたレカロ製のバケット・シートは、イビーサ・クプラよりも70mm低められている。
フロント・ガラス上部にあったはずのルーム・ミラーはダッシュボードへと移設され、またダッシュボード上には取り外し可能な衛星ナビゲーション・システムも設置される。エアコンやラジオもきちんと動作し、スイッチ類は他のモデルのものを流用しているため馴染みやすい。
コンセプトカーの大半は、デザインを最優先しているために、粗野であったり、まともな運転ができないものばかりなのだが、カップスターの場合は例外だ。最初の段階から、きちんと運転できるものが作られている。
前置きが長くなってしまったが、いよいよ乗ってみることにしよう。ステアリングは軽すぎるし、シャシーは一般道でも決して剛健だとは言えないが、ハンドリング・サーキットをゆっくりと数周走れば(これだけでも2500万円の保険が掛けられた)、十分に笑顔になれる出来栄えだった。
1.4ℓTSIエンジンのパフォーマンスも煮詰められており、勇ましいエグゾースト・ノートにも好感が持てる。インテリアの質感や、スポーティな雰囲気もすこぶる良い。
最も印象的なのは、やはり髪を心地よく揺らす風だ。あまりにも低いフロントガラスは、風が顔に直接ぶつかりそうな感じもするが、実際に乗ってみると何のその。まさに ‘スピードスター’ の体験そのものなのだ。
では本当に市販されるのだろうか。
”少なくともデザイナー陣は、そうなることを熱烈に求めている” と、セアト側は含みを持たせた。
”あるいは実現するかもしれない。あるいはそうでないかもしれない” と続ける。 ”このような小さなプロジェクトは、まずは経営陣の心を動かすことが大切です。そして今、デザインとその実現性をアピールしている最中なのです”
カップスターが製造ラインに乗り、多くの人々のもとへ行き渡るかどうかは、今のところは何とも言えない。実現するとしても、限定生産か、また他の方法を模索する方法がもっとも一般的な流れではある。
イビーサには、今回の世代と次の世代にはそもそもオープン・トップを販売する計画はなかったと言うのだから、なおさらだ。
だけれども、一度でもこのクルマのコクピットで独特の風を味わったならば、われわれは販売が実現されることを心から望まないわけにはいかない。
(マーク・ティショー)