「グランドツアラー」ってなんだ? GTを名乗るクルマ 28選 名前負けしたモデルも
公開 : 2022.08.21 06:05
フォードGT40(1964年)
フェラーリを打ち負かすために開発されたフォードGT40は、1964年のニュルブルクリンク1000kmレースで初出走した。この年のル・マンには3台が送り込まれたが、いずれも完走できず、脱落。1965年も、デイトナ2000で優勝したものの、不本意な結果に終わった。
GT40は、フォードが期待したような輝かしいスタートを切ることはできなかった。しかし、マーケティングには効果が見込まれたようで、1965年のマスタングにもGTの名を与えている。
フォードがGTの名称を使い始めたのは、英国フォードのコンサル・カプリの78ps仕様である。現在も、V8エンジン搭載のマスタングと、GT40の後継となる限定車にGTの呼称を使用している。
ポンティアックGTO(1964年)
ポンティアックGTOは間違いなく、世界初の本格アメリカン・マッスルカーである。親会社であるゼネラルモーターズの設けた330立法インチ(5.4L)の排気量制限に縛られずに、テンペストの高性能モデルを導入したいというポンティアックの要望から生まれた。
この制限はオプション・パッケージではなく量産車に適用されていたため、ポンティアックは巧妙に389立法インチ(6.4L)のV8をテンペスト・ルマンに詰め込み、価格を上乗せして販売した。1964年、3万2000人以上がGTOを購入している。
ポンティアックのチーフエンジニア、ジョン・デロリアン(そう、あのデロリアン)は、臆面もなくGTOの名称をフェラーリ250 GTOから拝借したが、それは「グランド・テンペスト・オプション」の略であると主張している。1966年に独立したモデルとなったGTOは、1974年まで幾度も進化を遂げた。
1999年、レトロブームの波が高まる中、ポンティアックはデトロイト・モーターショーでGTOと名付けたコンセプトカーを発表する。このコンセプトは市販化には至らなかったが、2004年にオーストラリアで生産されたホールデン・モナロのリバッジモデルにGTOの名が冠され、一時的にショールームに姿を現した。
プリンス・スカイライン2000GT(1964年)
日産とGTの長い歴史は、プリンス自動車に負うところが大きい。1964年、プリンスはグロリアから拝借した直6エンジンを積んだスカイラインでレースに参戦(写真)。このモデルは予想以上の成功を収め、スカイライン2000GTという市販車も誕生した。
日産は、1966年にプリンスと合併する際に、スカイラインとグロリアを手中に収める。さらに、1969年に初代スカイラインGT-R(4ドア)に搭載された1998cc直6エンジンも譲り受けた。それから約40年、GT-Rはスーパーカーにふさわしいクーペとして生き続けている。
画像 「GT」を名乗る名車たち【トヨタ2000GTやフェラーリ250 GTE、フォードGTなどを写真でじっくり見る】 全120枚