世界最高の座を狙う ロールス・ロイス・シルバーシャドー キャデラック・セビル ジャガーXJ12 前編

公開 : 2022.09.25 07:05

1970年代後半の世界最高のクルマとは。ロールス・ロイスに挑んだキャデラックを、ジャガーとともに英国編集部が振り返りました。

ロールス・ロイスに挑んだキャデラック

「強盗に入るなら、スーパーマーケットではなく銀行でしょう。だから自分はロールス・ロイスを狙うんです」。1975年12月、アメリカのゼネラルモーターズ(GM)でデザイン部門を率いていたビル・ミッチェル氏がAUTOCARに残した言葉だ。

少々露骨な発言だったものの、強い意思表明でもあった。アメリカのトップブランド、キャデラックは、それまで欧州市場で充分な評価を得られていなかった。

ブラックのキャデラック・セビルとゴールドのロールス・ロイス・シルバーシャドーII、ホワイトのジャガーXJ12 LWB
ブラックのキャデラック・セビルとゴールドのロールス・ロイス・シルバーシャドーII、ホワイトのジャガーXJ12 LWB

「これまでは過剰だったと思います。沢山の鉄板を使い、ドアは分厚く、オーバーハングは長すぎました。しかし、現在はだいぶ良い仕事をしていますよ」。ミッチェルが続けた。

そんな彼が描き出した新生キャデラックが、4ドアサルーンのセビルだった。世界最高のクルマという頂点の座に君臨するロールス・ロイスへ挑むため、英国にも正式に導入されることが決まった。

伸びやかで優雅なボディラインが与えられたセビルには、ロールス・ロイスとは性格の異なる気品が漂っていた。サイズは新しいシルバーシャドーに接近し、全長は15mmほどしか違わなかった。

長大なボンネットの下に搭載されたのは、5.7L V型8気筒のスモールブロック。充分な競争力が備わっていると、GMの上層部は考えていた。

233psと41.4kg-mを発揮した6.8L V8

ロンドン西部に拠点を構える正規ディーラーのレンドラム&ハートマン(L&H)社は、英国の需要を満たす台数として1977年に150台を輸入。港へ降ろされると、ライト類の変更や右ハンドルへの改造などに60時間が費やされたという。

ショールームに並んだセビルの価格は、1万4888ポンド。オーダーから3ヶ月以内での納車を実現していた。ライバルとしたシルバーシャドーより1万ポンドも安く、納期は1年以上も短かった。

ゴールドのロールス・ロイス・シルバーシャドーIIと、ホワイトのジャガーXJ12 LWB
ゴールドのロールス・ロイス・シルバーシャドーIIと、ホワイトのジャガーXJ12 LWB

とはいえ、ロールス・ロイスを古くから指名買いしていたユーザーが、強い関心を示すことはなかった。古き良き英国のオーダーメイド品質が、そこにはあった。

1965年に発売されたシルバーシャドーのスタイリングを手掛けたのは、デザイナーのジョン・ブラッチリー氏。カーブを描くボディラインは、上品ながら堂々とした気高さを漂わせた。

年間4万台のペースで量産されるセビルとは別の水準で、個々の細かな要望にも応えていた。1976年にマイナーチェンジ版のシルバーシャドーIIが発表されるが、独自性はシリーズIと変わらなかった。

オールアルミ製でプッシュロッド式のL410型と呼ばれる、6750cc V型8気筒エンジンはキャリーオーバー。GM由来のハイドラマティック3速ATも変わらずに登用された。

ロールス・ロイスは具体的に数字を公表することはなかったものの、後の計測によれば最高出力は233ps、最大トルクは41.4kg-mを発揮。デュアル・エグゾーストと大きな2基のSUキャブレターが、不足ない動力性能へ結びつけていた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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