生産終了後も活躍したVIPカー ローバー3.5リッター P5B 後継不在の上級サルーン 前編
公開 : 2022.09.17 11:15
サッチャー首相を宮殿まで運んだP5B
公用車として作られたP5Bは、ロンドンのフーパー・モーター・サービス社というコーチビルダーへ輸送。後席のシートベルトやヘッドレスト、専用のメーター類、ハザードランプや警告灯など、必要な装備が取り付けられた。
荷室側には追加のバッテリーが載せられ、無線電話を使う前提でオルタネーターも強化。点火コイルも2基へ増設された。
一部の車両にはサイレンやパトライト、追加の燃料ポンプも搭載されたそうだ。首相専用車のほか、北アイルランド地域で運用される車両など、防弾化された例もあったという。
通して約500台のP5Bが特装を受けているが、政府の公用車になったのは13年間で50台程度。残りは大使館で利用されたり、英国軍の高官などが利用している。
今回ご登場願ったエボニー・ブラックのP5Bは、1973年3月24日にラインオフしている。さらに35台を作ったところでローバーはP5Bの生産を終了しており、ほぼ最後に作られたといっていい。
工場を出ると予定通りフーパー・モーター・サービス社へ運ばれたが、GYE 392Nのナンバーで登録されたのは1974年12月になってから。1979年5月に第70代首相のジェームズ・キャラハン氏が退任した時も、3台ある政府車両の1台として活躍していた。
その後、プライベートでもP5Bに乗っていたマーガレット・サッチャー氏が第71代首相に就任。GYE 392Nのローバーは、バッキンガム宮殿まで新首相を運んだ。長年彼女のドライバーを務めた、ジョージ・ニューウェル氏の運転で。
ネット検索で過去の重要任務が判明
テレビ画面へ映し出されたP5Bのブラックのボディは艶深く、風格を漂わせていた。恰幅のいい警官が交通を規制し、ローバーが威厳漂うゲートを通過していった。
リアシートでは、鉄の女性と呼ばれることになるサッチャーが笑顔で市民に手を振った。その隣には、夫のデニスも一緒だった。
宮殿で王室から就任の祝福を受けると、正式な首相へ就任したサッチャーは防弾仕様の別のローバーP5Bへ乗り換えた。ナンバーがPRK 421Kの首相専用車だ。強化されたボディは重く、明らかに車高は低くなっていた。
もう1台、WLX 846MのP5Bは、キャラハンが辞任する際にバッキンガム宮殿へ走っている。3台それぞれが、1つの節目で別の役割を担った。
GYE 392NのP5Bを現在所有しているのは、デイビッド・ウッズ氏。オースチン・セブンを探していた頃に、公用車だったクルマが販売されているのを偶然見つけたそうだ。役目を終えたローバーは1974年以降、順次市民へ放出されていた。
「他にもローバーを所有していました。でも、サドルタンというブラウンの内装を持つ公用車が欲しいと、以前から考えていたんです」。とウッズが説明する。
販売していたのは、クルマの過去を知らない中古車店だった。しかし、ウッズがインターネットを検索した途端、重要な任務を担ったローバーだということが判明した。1979年の就任式典の映像にも、簡単にたどり着いたようだ。
この続きは後編にて。