ACカーズのデモ・レーサー AC 16/80 トライアル・イベント連勝マシンをレストア 後編

公開 : 2022.10.09 07:06  更新 : 2022.10.09 07:47

素晴らしい仕上がりが表れた走り

果たして、ACカーズのレストアは完了。フィリップスは前オーナーのデビッド・ヘスクロフ氏を誘い、16/80でリンジーを訪ねた。「とても印象深い時間でした。リンジーさんにも喜んでもらえました」

「過去のトライアルで走った区間にも寄りました。16/80の価値を考えて、攻めませんでしたが」。と話すフィリップスだが、走りがいのある道で戦前のスポーツカーを運転する体験は、極めて特別だとも認める。

AC 16/80 コンペティション・スポーツ(1935年/英国仕様)
AC 16/80 コンペティション・スポーツ(1935年/英国仕様)

グレートブリテン島の南部に住む彼は、南岸のパーベック岬の道がお気に入りらしい。古びたラルワース城の石垣に排気音が反響し、タイムワープするような気分になれるという。

夏の夕暮れ時にオープンカーで走る爽快さは、ほかの季節では味わいにくい。復活したACカーズは、素晴らしい仕上がりにある。フィリップスのガレージまでの道で、筆者にステアリングホイールを握らせてくれた。

すべてが走りに表れている。トランスミッションはゲートが通常と逆だが、1速のギア比が低くトライアルでのスタートダッシュにピッタリ。ギア比の差が大きく、滑らかな変速には慣れも必要だが、それ以外のフィーリングは良い。

ストロークは短く、機械的な感触が伴う。タイトコーナー手前でのダブルクラッチ・シフトダウンに、満足感が漂う。

ステアリングは正確で重み付けも丁度いい。レシオがスローでヘアピンカーブでは大忙しとはいえ、緩やかなルートではリラックスして流せる。ケーブルで動作するドラムブレーキの効きも充分。ペダルの感触も自然だ。

戦前モデルとして動的能力に非の打ち所なし

路面の凹凸が酷いと、ステアリングホイールへキックバックが伝わり、シャシーが震える。舗装が新しければ、驚くほど乗り心地は良い。最初のオーナーが、長距離移動も苦にしなかった事実にうなずける。

フィリップスはエンジンを4000rpmまでに制限しているが、128km/hは出せる。110km/h前後でのクルージングは、意外なほど快適で不安感がない。戦前のモデルとして、動的能力に非の打ち所はないといえる。

AC 16/80 コンペティション・スポーツ(1935年/英国仕様)
AC 16/80 コンペティション・スポーツ(1935年/英国仕様)

ACカーズのデモ車両だったというPDP 40の過去が、特別な個性を醸し出している。ルーカス社の大きなヘッドライトで林道を照らしながら駆け巡った当時の様子が、自然と想起される。

16/80の完成に3年を費やした彼は、新しいレストア対象を探しているという。「作業リストを確認しながら、ガレージで費やした時間が懐かしいんです」

「新しいサンプガードを付けて、ウェセックス・トライアルへ出場しようと考えています。妻のポーラも、今度は参加したいと話してくれています」

発見された初代オーナーの写真を参考に、歴史の再訪にも意欲的だ。「1937年のコロネーション・スコティッシュ・ラリーの舞台には、ぜひ訪ねてみたいですね。スコットランドへのロードトリップは絶対です」。とフィリップスが笑顔を見せる。

16/80の長いボンネット越しの景色は、生涯に残る記憶を生むはず。実際、ル・ジューンと呼ばれた鼻先のマスコットが、過去の時間へも先導してくれるようだった。

記事に関わった人々

  • 執筆

    ミック・ウォルシュ

    Mick Walsh

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジェームズ・マン

    James Mann

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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