世界一のジャンクヤード? 米アイダホ州の廃車売り場で宝探し 前編

公開 : 2022.10.09 06:05

ジープSJ(1974年)

岩場の陰に隠れるように、1974年式ジープ・チェロキーSJは佇んでいた。

なぜここにあるのか、そしてなぜまだ売れていないのか、不思議でならない。1974年から1983年にかけて製造されたSJは、基本的にはワゴニアの2ドア仕様である。1974年は、ジープが初めてスポーツ・ユーティリティ・ビークル(SUV)という言葉を使った年でもある。

ジープSJ(1974年)
ジープSJ(1974年)

ランブラー・ステーションワゴン(1962年)

1960年代初頭、AMCは絶好調だった。同社のランブラー(Rambler)ブランドは常に米国で3番目か4番目のベストセラーだったのだ。しかし、やがてその地位は揺らぎ、10年後には9位にまで落ち込んでしまう。

この個体は、1962年に10万台製造された4ドア・ステーションワゴンのうちの1台である。

ランブラー・ステーションワゴン(1962年)
ランブラー・ステーションワゴン(1962年)

オペルGT(1968年)

1929~2017年にゼネラルモーターズの傘下にあったドイツの自動車メーカー、オペルは、1965年のフランクフルトおよびパリのモーターショーでコンセプトカー「GT」を発表する。好評を博すと、3年後には生産が開始された。

オペルGTは、1968年から1973年にかけて10万3463台が製造されている。特に米国ではビュイックのディーラーを通じて販売され、人気を博した。

オペルGT(1968年)
オペルGT(1968年)

プリムス・ゴールドダスター

プリムスでは、フェザーダスター、スペースダスター、そしてこのゴールドダスターなど、さまざまな特別仕様車が作られた。

1970年に登場したゴールドダスターは、特徴的なデカール、遮音性の向上、豪華なインテリアなどを特徴とする。一番の目玉は、この個体ではヘビ柄のように変色しているビニールルーフである。しかし、ワイヤーアンテナやフロントフェンダーの穴は、オリジナルのものではない……。

プリムス・ゴールドダスター
プリムス・ゴールドダスター

フォード・コルティナ

英国製Mk2フォード・コルチナのように、比較的好ましくない欧州からの輸入車は、部品が1つも取られないまま何年も廃車置き場に置かれていることがある。しかし意外なことに、この個体はフェンダーを1枚寄贈してくれたようだ。

Mk2コルティナは1967年から1970年にかけて米国で販売され、6万台を売り上げた。しかし、1960年代後半に年間35万台以上を売り上げたフォルクスワーゲンビートルと比較すると、その差は歴然。

フォード・コルティナ
フォード・コルティナ

デソト・カスタム(1948年)

このデソト・カスタムは、1948年に工場から出荷されたとき、美しいバタフライ・ブルーで仕上げられていたようだが、現在ではその面影は残っていない。しかし、年数の割に車両の状態は素晴らしく、レストア向きだ。

直列6気筒のエンジンはまだ動くし、オプションのセミオートマチック・フルードドライブ・トランスミッションも作動する。外装は1、2か所の傷跡があり、窓も一部割れているが、センターグリルとオーナメントが欠けている以外は完全な状態だ。

デソト・カスタム(1948年)
デソト・カスタム(1948年)

内部も同様で、サンバイザー、シフトノブ、ラジオボタンが欠品している程度である。4500ドル(約65万円)で売られているので、レストアに興味ある方はぜひ。

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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