ツインエンジンのフォルクスワーゲン・シロッコ GTI グループBマシンに迫る速さ 後編
公開 : 2022.11.12 07:06
1980年代、英国のラリーで大暴れしたツインエンジンのシロッコ。AT+MTだったモンスターを、英国編集部がご紹介します。
最初のステージで2番手タイムを記録
ツインエンジンのフォルクスワーゲン・シロッコ GTIでラリーを戦った、キム・マザー氏。頬を緩ませながら、当時を振り返る。
「シロッコを組み上げている途中に悩んで、知り合いがいるフォルクスワーゲンのワークスチームへ電話したこともあります。内容を説明すると、どうして秘密だったツインエンジンの計画を知っているのか、逆に聞き返されましたけどね」
「悪くないアイデアだったと思います。初戦になった1985年のウェールズ・ラリーでは、シロッコを見て多くの人が冷笑していました。でも、最初のステージでいきなり2番手のタイムを叩き出せたんです」
デビュー戦は、もちろん問題が起きなかったわけではなかった。「ラジエターへ外気が当たっていないことに気付いていませんでした。リアに流れ込んだ空気はエンジンの上へ回って、ラジエーターの後ろ側で排出されていたんです」
「エアインテークも不十分で、エアフィルターはすぐに砂埃で詰まりました。結果的に、フロント・エンジンだけでそのラリーを終えました」
「帰宅してラジエターとエアスクープの位置を改め、パイプ類を追加。ロードタイヤで走った次のラリーでは、初戦より良い結果を残しています。それから、フロント側もATからMTへ交換しました」
2基のMTは、リア用のリンケージが新しく設計され、1本のシフトレバーで変速された。ミスシフトを避けるため、強固に作られたリンケージの動きには一切の無駄が排除されたという。
速さはグループBのMGメトロ 6R4並み
癖のある操縦特性も、キムが直面した課題だった。「改善で良くなることは見えていましたが、コーナリング時に問題がありました。コーナーへ侵入すると姿勢が大きく変化し、酷いオーバーステア状態になるんです」
「説明しにくいのですが、常に左右に振られていました。サスペンションを再設計し、コントロールアームの位置を下げたり、試行錯誤しています。それが、大きな違いに結びつきました」
4気筒エンジンには、スーパーチャージャーが載せられた。「当初はフロントへリアより50%高いブースト圧をかけました。既製品を取り付けただけに近かったですが、うまく機能したと思います」
「最高出力はリアで122ps以上、フロントで107ps以上。前後の重量配分は45:55で、進入時はアンダーステア。グリップが安定するとオーバーステアへ転じます。ハリケーンのような走りから、リトルハリーというあだ名を付けました」
「結果として、大金を投じずに仕上げたシロッコで勝利できました。それが1番の誇りですね。ターマック上では、グループBマシンのMGメトロ 6R4並みに速かったんです」
キムは、1985年のウォリントン・モータークラブ・シリーズラリーで優勝。1987年には妻のイヴォンヌ・マザー氏をコ・ドライバーとして座らせ、再び優勝を掴んだ。
前年の1986年には、ノースウェスタン・カークラブ・ステージラリーで総合優勝。1987年も10ステージで勝利し、その座を守った。それ以外にも3シーズンで5つのタイトルを獲得した彼はメディアの目に留まり、スポンサーも獲得できたそうだ。