ウクライナまで救急車で物資を届ける旅 ボランティアの難しさと支援の現状

公開 : 2022.11.12 06:05

必要な人に必要なものを提供する

ルディ・ミゴビッチ氏のもとには、筆者やサイモン以外にも、多くの人が訪れている。彼が代表を務めるウクライナ・キリスト教医療協会(CMAU)は、海外から多くの援助を受け取っているのだ。

3月に化粧品会社が、リヴィウの南西にある倉庫の半分を無償で貸してくれたそうだ。それ以来、CMAUは「ベッドや冷蔵庫、点滴や手術用具など、210トンの支援物資を配布してきました。7月末までに、183の病院と543の部隊、慈善財団、教会に物資を提供しました」という。

CMAUを運営するルディ・ミゴビッチ氏(左)
CMAUを運営するルディ・ミゴビッチ氏(左)    AUTOCAR

「寄付されたものの98%は医薬品と医療機器です。まず最初に、物資をすべて開梱して、ウクライナのシステムに対応させる必要があるもの(外国製品は、コネクタの種類やサイズが合わない場合がある)を確認しなければなりません。また、ウクライナの医療従事者の90~95%は英語を話すことができません」

CMAUは機器だけでなく、外国人医師による新しい医師の訓練も支援している。

汚職の懸念もある。貴重な医療機器は、闇市場で高価で取引されている。サイモンがウクライナに赴き、ミゴビッチ氏の本部を訪問しようと思ったのも、機器がどこに行き、誰の手に渡るかを知るためだった。2人とも、直接手渡しができることを喜んでいる。

コンサイス・インターナショナルのヴィクトリア・ベース・スミス氏は、戦争は犯罪の「大量発生」をもたらすと教えてくれた。物資の闇取引だけでなく、人身売買、奴隷、レイプなど、弱者への虐待もあるという。仕事も家もない人たちは、簡単に搾取の犠牲になってしまうのだ。

ミゴビッチ氏にとって、時間は重要である。今日が月曜日で、救急車は火曜日に目的地に送られ、水曜日には人命を救うことになる。

「本当に重要です」と彼は言う。「3台が支給され、どれもまだ使えると思います。しかし、ハリコフ地区だけで、週に6台の救急車がロシアの攻撃で破壊されています。これは何度も聞いた数字です」

また、救急車にはスペースX社の衛星を使った通信システム「スターリンク」を搭載しているという。無線や電話はロシア軍に傍受される可能性があり、救急車であっても追跡や攻撃の対象となる。民間人を標的にした攻撃は戦争犯罪だが、救急車の減少率はロシア軍が何をしているのかを示している。人権団体アムネスティ・インターナショナルは、ウクライナの防衛戦術が民間人を危険にさらすことを示唆した報告書を公開している(そして広く非難された)が、こうした主張をロシア側は非軍事目標への攻撃の言い訳にすることだろう。

帰国と反省

午後遅く、筆者とサイモンは帰路についた。国境までは数時間。リヴィウの中心部は、ユネスコの世界遺産に登録されているほど美しく、壮大である。土嚢と看板だけが、異変を知らせている。地下にあるバーへ入ろうとすると、入り口で戦闘服を着て偽の機関銃を持った若いドアマンに出迎えられ、入店する前にパスワードを求められた。彼は「Slava Ukraini(ウクライナに栄光あれ)」か「F*** Putin(くたばれプー○ン)」のどちらかを要求してきた。

2時間後、サーシャのトヨタ車でクラクフまで送ってもらうことになった。なぜ、彼はノンストップで夜通し走り続けることができるのか、不思議でならない。どうやら、ホットドッグ、レッドブル、コーヒー、マグナムアイスを常食にしているようだが……。

左から筆者、サーシャ、サイモン。
左から筆者、サーシャ、サイモン。    AUTOCAR

サーシャはスマートフォンで曲を変えながら160km/hで運転し、戦争が始まった最初の3か月間は自分も前線で救急車を運転していたと話す。

今は自動車部品のビジネスの経営に戻ったのだが、同時に仲介者でもあり、毎月何百時間、何千kmも運転して、ウクライナに出入りする人々や車両、機材に同行しているのだという。翻訳アプリのために、ゆっくり話してくれた(これは助かる)。

サーシャは今、冷蔵トラック(冷蔵車)を買いたいそうだ。物資運搬のためではなく、ウクライナ兵の遺体を前線近くの臨時安置所から早く持ち帰り、家族が埋葬できるようにするためである。

「親たちは彼ら(子)が家に帰ってくるまで、2か月、3か月、4か月と待っているんだ。母親と父親がそばにいるまで、彼らは決して休むことなく、眠ることもない。僕は多くを見た。やるべきことは理解している。必要なことだ。誰かがやらなければならないことなんだ」

サイモンは、メモを残している。次回は救急車をもっと、可能な限り多く、と。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マット・プライヤー

    Matt Prior

    英国編集部エディター・アト・ラージ
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    平成4年生まれ愛知在住。幼少期から乗り物好き。住宅営業や記事編集者といった職を経て、フリーランスとして自動車メディアで記事を書くことに。「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。

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