シトロエンが導いた過小評価 マセラティ・カムシン 折り紙デザインのグランドツアラー 前編

公開 : 2022.12.10 07:05

初代ギブリの後継として登場したカムシン。ハイドロの信頼性が足を引っ張ったマセラティを、英国編集部が振り返ります。

スタイリングに魅了されるグランドツアラー

現実が白昼夢のような時間を断ち切った。50年前とさほど変わらない景色は素晴らしい。だが、この一帯で唯一となる古民家の住人は、騒がしいクラシックカーがあまりお気に召さないらしい。怒鳴られないように、そっとスピードを落として通過する。

何しろ、筆者が運転しているモデルは静かではない。クワッドカムのV8エンジンをフロントに積んだ、マセラティ・カムシンなのだから。

マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)
マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)

ロータリー交差点で向きを変える。深みのあるレーシング・ブラウンに塗られた、美しいボディへ当たる光が変化する。インテリアは目にも眩しいライムグリーン。こんなカラーコーディネートを着こなせるモデルは少ない。

長い歴史を持つマセラティは、多くの成功作を生み出してきたが、それと同じくらい多くの失敗も繰り返してきた。近年に生み出された傑作を選び出すなら、ウェッジシェイプのカムシンは、候補の1台に加えても問題ないだろう。

これほどスタイリングに魅了されるグランドツアラーは、歴代を振り返っても数少ない。キャリアの黄金期を迎えていた、ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニ氏が自らペンを走らせ生み出した。

われわれの目前にこの姿が表れたのは、1972年のイタリア・トリノ自動車ショー。当初はマセラティのエンブレムが与えられていなかったが、ほぼ変わらぬ印象的な姿で量産がスタートした。

エンジンはギブリと同じ4930cc V型8気筒

成功作となった初代ギブリの後継を創出することは、簡単な仕事ではなかった。実際のところ、マセラティはさほど真剣に取り組んでもいなかったようではある。当時は既に、ボーラというミドシップ・スーパーカーが存在していた。

リアがリジッドアクスルだったギブリとは異なり、カムシンは前後に独立懸架式のサスペンションを採用。2+2と呼ぶには少々狭かったが、リアシートと豪華な内装が与えられていた。

マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)
マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)

トライデントのロゴがあしらわれるだけあって、高い動力性能も求められた。エンジンは、技術者のジュリオ・アルフィエーリ氏が設計した、ギブリと同じ4930ccのV型8気筒。各バンクのヘッドに、チェーン駆動のカムが2本づつ搭載された。

その中央に構えたのは、4基のウェーバーキャブレター。大気を勢い良く吸い込んだ。

1968年以降、マセラティを傘下に収めていたシトロエンの技術的な影響を受けた最後のモデルでもあり、油圧システム「ハイドロ」を搭載。エンジンの最高出力は320ps/5500rpmがうたわれていたものの、機械的な損失が小さくなかった。

速度感応式パワーステアリングやブレーキだけでなく、クラッチにリトラクタブル・ヘッドライト、パワーシートの動力源もハイドロ。高い油圧を常に生み出すため、相応のエネルギーが必要だった。

最大トルクは48.8kg-m/4000rpmと太く、5速の6250rpmで届く最高速度は275km/hがうたわれた。少々甘い数字といえたが、ガンディーニのデザインはそれくらい出そうに見えた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・ヘーゼルタイン

    Richard Heseltine

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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