シトロエンが導いた過小評価 マセラティ・カムシン 折り紙デザインのグランドツアラー 後編

公開 : 2022.12.10 07:06

1970年代としては秀逸な操縦性を実現

ステアリングの印象が、カムシンのドライビング体験の中心をなす。ロックトゥロックが2回転とレシオはクイックで、セルフセンタリングが強く、力を緩めると直進状態へ積極的に戻される。

最初は不自然に思えたが、すぐに慣れた。カムシンのことが理解できるようになり、速度域を高めていくほど、ステアリングホイールは明確に重く転じていく。驚くほど。

マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)
マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)

ブレーキペダルの踏み心地も特徴的。充分な制動力を得るのに、力を込める必要はない。これにも当初は違和感を覚えたが、スムーズに効き時間を要せず慣れた。

FRでありながら前後の重量バランスが50:50に整ったカムシンは、この時代のモデルとしては秀逸な操縦性を実現している。当時のAUTOCARも、それを高く評価している。

「マセラティは、シャシーとエンジンとの調和を高次元で叶えています。大きなロータスエランのように、スムーズにカーブを縫えます。特に攻め込まなければカムシンは落ち着いており、ボディのピッチングやノーズダイブも殆どありません」

過去の筆者の試乗体験の限り、カムシンはかなり高い速度域でも安定している。そのかわり乗り心地は若干硬め。チューブラーフレーム全体に響くような衝撃が伝わる。油圧システムが圧力を維持する、メカニカルなノイズも小さくない。

聞きたい衝動に駆られるV8サウンド

それを覆い隠すように、V8エンジンが歌い上げる。粒の細かいノイズの集まりで、デトロイトのプッシュロッドV8とは異る。普通に流していると比較的静かだが、右足へ力を込めるとハリのあるシャープな音質へ変わる。

回転が上昇するほど、サウンドにも艶が出てくる。共鳴を誘いながら。

マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)
マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)

最大トルクには余裕があり、高回転域まで引っ張らずとも160km/h程度は余裕。しかし、シフトダウンを我慢することが難しい。ブリッピングさせた瞬間の響きだけでも、聞きたい衝動に駆られる。

5速MTは1速が横に飛び出たドッグレッグ・パターン。ゲートを横切ると、明確な手応えがレバーに伝わる。コクリと所定の位置へ吸い込まれる。

5速で得られるスピードは、1000rpm当たり41.8km/h。275km/hの最高速度を達成するには、レッドラインの5500rpmより上まで回す必要がある。加速力は鋭い。0-97km/h加速6.5秒は、当時としては優秀な部類だった。

フランスの技術がミックスされたイタリアン・グランドツアラーには、不思議な訴求力がある。カムシンは登場から半世紀の間、信頼性を理由に正当な評価が与えられてこなった。誤解されてきたように思う。

シトロエンの影響を理由に、この時代のマセラティを好まない人もいる。しかしハイドロの不安を乗り越えれば、1970年代のエキゾチックとして運転を楽しめる。

長いマセラティの歴史の中で、最も重要なモデルには数えられないかもしれない。それでも時間を掛けて打ち解け合うことができれば、カムシンの見え方は断然素晴らしいものになるようだ。

協力:アンディ・ヘイウッド氏

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・ヘーゼルタイン

    Richard Heseltine

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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