誰も知らない80年代の名車 39選 前編 マイナー過ぎてついていけない無名のクルマたち
公開 : 2022.12.10 18:05
アルファ・ロメオ・アルファ6(1979年)
アルファ・ロメオは1973年に新型アルファ6を発売する予定だったが、オイルショックの影響で燃料消費の多い大型セダンは好ましくないとの判断から、この計画は頓挫した。その後、オイルショックが落ち着きを見せる1970年代後半まで、アルファ6はお蔵入り状態。何度かお色直しを行ってリリースしたものの、1979年にはすでに時代遅れの姿になっていた。
キャブレター付きの2.5L V6エンジンは珠玉の逸品だったが、燃費の悪さは発売当時も驚かれた。1983年にはスタイリングが変更され(写真)、ボッシュ製の燃料噴射装置を搭載、ターボディーゼルも用意されたが、この改良はあまりにも遅すぎたのである。1987年、アルファ・ロメオは約1万2000台を生産した後、廃止を決定する。
ビュイック・センチュリー・ターボクーペ(1979年)
若者を惹きつけるにはどうしたらいいか。その答えが書かれた攻略本があるとすれば、ビュイックは隅から隅まで読んだことだろう。1979年のセンチュリー(4代目)は、インディアナポリス500のペースカーも手掛けるビュイックが送り出したモデルで、クーペ、セダン、ステーションワゴンが用意されていた。
中でもターボ・クーペは、最高出力175psの2.8L V6ターボを搭載し、当時のシボレー・コルベットと同程度のトルクを持つ。サーブ900にも似たルックスで、ビュイックは「欧州の影響を受けた」というスタイリングを誇っていた。しかし、若者を惹きつけるには不十分で、生産開始から2年、販売台数2000台に満たず打ち切られた。
スティーブンス・サイファー(1980年)
スポーツカーが米国の法律で禁止されるのではないかという懸念から、多くのメーカーがスポーツカーを見放していた頃、自動車デザイナーのアンソニー・スティーブンスはサイファー(Cipher)というクルマを開発する。シンプルなシャシーにグラスファイバー製ボディ、850ccのリライアント製エンジンを搭載し、軽量かつコンパクトに仕上げられていた。
当時のAUTOCAR英国編集部の記者も絶賛する出来栄えだったが、スティーブンスはサイファーを生産するための資金を集めることができず、完成したのはわずか7台のみ。時期も性能も適切だったはずのサイファーが、実力にふさわしい支援を受けられなかったことは、自動車業界にとって損失と言えるだろう。