オースチン・メトロ(1980年)

メトロは、低迷するブリティッシュ・レイランドが新会社オースチン・ローバー・グループに切り替わったのと同じ時期に発売された新型車であり、新たなスタートの象徴でもあった。ミニを補填するモデルとして、広いキャビンと適切なハンドリングを備えている。

メトロの廃止後もミニは生産が続けられたため、メトロを「不作」とみなす向きもあるが、オースチン・ローバーの足場を固めたことは確かだ。1980年代には、英国でベストセラー車のトップ3に常にランクインし、ダイアナ・スペンサー夫人(ダイアナ妃)がチャールズ皇太子との結婚を前にハンドルを握る姿が目撃されたこともある。国内だけで100万台以上が販売された人気車種である。

オースチン・メトロ(1980年)
オースチン・メトロ(1980年)

クライスラーK(1981年)

1978年、クライスラーはサブコンパクトクラスのダッジ・オムニによってひとまず危機を脱したが、1980年代初頭にはまだまだテコ入れが必要だった。そこで登場したのがクライスラー・ルバロンやダッジ・エアリーズなどの「Kプラットフォーム」シリーズであり、クライスラーに救いの手を差し伸べ、財政の安定化に貢献した。

オムニのプラットフォームを発展させたKプラットフォームは、米国の中流階級向けにまずまずの性能と経済性を提供した。エンジンの出力は86psから224ps(ダッジ・マグナム)まで、幅広いレンジが用意された。Kプラットフォームをベースにしたモデルは最終的に50種類以上となり、1980年代を通じて200万台以上が販売され、クライスラーは資金難から解放されたのである。

クライスラーK(1981年)
クライスラーK(1981年)

ポルシェ944(1982年)

ポルシェは、主力モデルの911と928、そしてエントリーモデルの924の間のギャップを埋める新型車を必要としていた。そこで登場した944は、さまざまなタイプで16万3280台が販売され、924の販売台数を大きく上回った。ポルシェはこの功績により、ボクスターをはじめとする1990年代の新型車を開発することができたと言える。

944の素晴らしさは、911や928よりもはるかに幅広い顧客層に対して、パワー、アグレッシブさ、ハンドリングを的確に提供したことである。ターボやカブリオレを追加することで魅力はさらに増し、1991年には大幅に改良された968にバトンを繋いでいる。

ポルシェ944(1982年)
ポルシェ944(1982年)

ボルボ700シリーズ(1982年)

安全性、耐久性といったイメージの強いボルボに、高級志向の740と760が登場。瞬く間にメルセデス・ベンツのステーションワゴンに代わるエグゼクティブモデルとなった。広大なトランク、銀行の金庫が薄っぺらく見えるほどの造りの良さは当然として、予想外だったのは、その運転のしやすさである。

後輪駆動のシャシーに活発なエンジンが組み合わされた740と760は、エンターテインメント性に富み、ターボチャージャー搭載モデルは0-97km/h加速が8.0秒と、そこそこの速さを誇る。生産が終了し、900に引き継がれるまでに、123万台の700シリーズが世に出ている。資金源となるだけでなく、現在のボルボの高級なイメージへの道を開くものであった。

ボルボ700シリーズ(1982年)
ボルボ700シリーズ(1982年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事