V型4気筒にモノコックボディ ランチア・ラムダ 100年前の革命児 体験を一変 後編

公開 : 2023.01.29 07:06

マフィアが乗りそうな雰囲気のサルーン

続いてニック・ベンウェル氏がオーナーの1929年式エイト・シリーズ・サルーンへ乗り換える。こちらもロングホイールベースだが、プラットフォーム・シャシーを採用し、新車時に英国へ輸入された貴重な1台だ。

ウェイマン・ファブリック・ボディをまとうが、架装されたのはイタリアのランチアではなく、英国のアルバニー・キャリッジ社というコーチビルダー。リムジンのように贅沢なリアシート空間が与えられている。

ランチア・ラムダ・エイト・シリーズ・ウェイマン・サルーン(ティーポ222/1928〜1931年/欧州仕様)
ランチア・ラムダ・エイト・シリーズ・ウェイマン・サルーン(ティーポ222/1928〜1931年/欧州仕様)

スポーツサルーンというより、イタリア・マフィアが乗っていそうな雰囲気を漂わせる。ホイールベース3420mmのシャシーが、グレートブリテン島のうねった一般道を高速域で見事に受け流す。

グリップ力に優れ、サスペンションは落ち着いている。ステアリングホイールは軽く回せ、一貫性がある。ランチア・ラムダの能力の高さを、つぶさに感じ取れる。現代のモデルなら珍しくはないが、100年前のクラシックとして考えると驚かされる。

2台のエイト・シリーズとは対照的に、ウォルター・ヒール氏が所有する2.1Lエンジンのラムダ・フォー・シリーズはオリジナル状態ではない。英国へ輸入された後、1936年にモノコックが切られ、ホイールベースが3100mmから2490mmへ短縮されている。

当初のオーナーは、ヴィンテージ・スポーツカークラブジュリアン・ジェーン氏。ヒルクライム・イベントなどのモータースポーツで活躍したと考えられる。

現代の自動車へ大きな影響を与えた存在

ウォルターは最近購入したばかりだという。今はブロックリー社のゴツいタイヤを履いているが、細身のビードエッジへの交換を予定している。ボディ色も変えたいそうだ。

長さは違っていても、基本的には初期のラムダではある。エイト・シリーズと比べると、内装は質素だが美しい。

ランチア・ラムダ・フォー・シリーズ・トルピード・ツアラー(ティーポ214/1924〜1925年/欧州仕様)
ランチア・ラムダ・フォー・シリーズ・トルピード・ツアラー(ティーポ214/1924〜1925年/欧州仕様)

アルミニウム製ダッシュボード中央のメーターパネルには、スピードと燃料、時計の3枚のメーターしか存在しない。その隣に、ヘッドライト用などの多くのスイッチが並ぶ。

AUTOCARが1923年に計測した、オリジナルのラムダの車重は1065kgだった。ウォルターのクルマの場合は、短縮されており800kg前後だと予想される。発進させてみると、想像以上に軽快に加速することもうなずける。

トランスミッションは3速から4速へアップグレードしてあり、後期のラムダよりクイックに次のギアを選べる。通常より軽いためか、トルクも太く感じる。ステアリングホイールの操舵には、適度な重さが伴う。

ホイールベースが短いゆえに、カーブへ意欲的に侵入できる。路面が荒れてくると足まわりは処理しきれない様子。とはいえ、セパレートシャシーで感取されるような不安感や気まぐれな印象は皆無。想像以上にコーナリングを楽しめた。

ランチア・ラムダは、現代の自動車へ大きな影響を与えた存在であることは間違いない。当時のドライバーへ、運転する大きな自信を喚起したはず。これが1世紀も前に生まれていたのだから、称賛せずにはいられない。

協力:フェニックス・イン社、フェニックス・グリーン・ガレージ社、WWヒール・ヒストリック・モーターカー・ワークショップ社

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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