魅了するツートーン・ボディ ブガッティ・タイプ57 アタランテ 公道用モデルの理想像 後編

公開 : 2023.02.19 07:06

80年前の精鋭は今も輝きを失わない

運転席へ座ると、居心地は素晴らしい。ダッシュボードに並ぶクリーム色のメーターは、バックライトで優しく照らされる。巨大な4スポーク・ステアリングホイールの右側には、細い棒が突き出ている。アイドリングと点火スピードの調整用だ。

パイプでフレームが組まれたシートはスライドしない。身長が180cm以上あるドライバーは、好ましい姿勢が取りにくい。過去のオーナー、ミュラーは190cm近くあったから、短期間で手放した理由にもうなずける。

ブガッティ・タイプ57 アタランテ(1936年/欧州仕様)
ブガッティ・タイプ57 アタランテ(1936年/欧州仕様)

幸い、筆者はそこまで身長が高くない。足をたたみながら座れば、快適なポジションにつける。肌寒いパリの夜だから、サンルーフは閉じていても良かった。だが、動きを読みにくいサイクリストを確認するのに、好都合な後方視界を得られる。

冷えた状態からの始動時は、点火タイミングを早めてチョークを開く必要がある。キーをひねると、直列8気筒エンジンが即座に燃焼を始める。数分間暖気を済ませ、点火とチョークを戻す。

温まったエンジンは、想像以上に滑らかで静か。トルクが太く粘り強く、扱いやすい。エグゾーストからは、ザラザラとドライなノイズが放たれる。スムーズな回転上昇は、歴代のオーナーを魅了したに違いない。80年前の精鋭は、今でも輝きを失わない。

1930年代の量産モデルの多くは、タイプ57の性能の半分にも届かなかった。3.3Lのエンジンは、142psを4800rpmで発揮する。2速で83km/h、3速で123km/hまで届き、最高速度は152km/hに達した。

戦前はフェラーリ以上の訴求力や神秘性

発進させてみると、4速MTは1速でメカノイズがうるさい。クラッチペダルは、現代のモデルと同じくらいの重さ。ダブルクラッチを踏めば、3速から2速へのシフトダウンも容易だ。

90年近く前のクラシックだから、常に余裕を持たせた運転が欠かせない。当時としては先進的な油圧ブレーキが搭載されているが、制動力が強いとはいえない。まっすぐ減速もしない。

ブガッティ・タイプ57 アタランテ(1936年/欧州仕様)
ブガッティ・タイプ57 アタランテ(1936年/欧州仕様)

とはいえ、洗練はされている。ボディは異音ひとつ立てず、ステアリングホイールは直感的で正確。切り込んでいくと重さが増し、小回りも効く。

パリの大通りを流せば、優越感が湧いてくる。色っぽい峰のフロントフェンダーが、石畳で優しく揺れる。ヘッドライトは黄色く灯り、ブガッティの接近を周囲へ知らせる。

エットーレ・ブガッティ氏による芸術と技術の融合が、絶妙な緊張感を生んでいる。移動手段であることを超越した、孤高のプロダクトだ。自動車史初といえるエキゾチックなクルマを、親子2人で誕生させたと表現しても過言ではないだろう。

自動車を運転することに対しても、真摯に向き合っている。スピードやハンドリングを高次元で求めた裕福な人々へ応える、至高の完成度にあった。近年の価値は、もはや天文学的な数字に達している。

戦前のブガッティは、現在のフェラーリに匹敵する訴求力や神秘性を誇っていたと表現しても、恐らく説明は足りていないだろう。タイプ57 アタランテが、現在まで多くの愛好家を魅了してきたという事実が、その一部を物語っている。

協力:アートキュリアル社

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    オルガン・コーダル

    Olgun Kordal

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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