魅了するツートーン・ボディ ブガッティ・タイプ57 アタランテ 公道用モデルの理想像 後編
公開 : 2023.02.19 07:06
80年前の精鋭は今も輝きを失わない
運転席へ座ると、居心地は素晴らしい。ダッシュボードに並ぶクリーム色のメーターは、バックライトで優しく照らされる。巨大な4スポーク・ステアリングホイールの右側には、細い棒が突き出ている。アイドリングと点火スピードの調整用だ。
パイプでフレームが組まれたシートはスライドしない。身長が180cm以上あるドライバーは、好ましい姿勢が取りにくい。過去のオーナー、ミュラーは190cm近くあったから、短期間で手放した理由にもうなずける。
幸い、筆者はそこまで身長が高くない。足をたたみながら座れば、快適なポジションにつける。肌寒いパリの夜だから、サンルーフは閉じていても良かった。だが、動きを読みにくいサイクリストを確認するのに、好都合な後方視界を得られる。
冷えた状態からの始動時は、点火タイミングを早めてチョークを開く必要がある。キーをひねると、直列8気筒エンジンが即座に燃焼を始める。数分間暖気を済ませ、点火とチョークを戻す。
温まったエンジンは、想像以上に滑らかで静か。トルクが太く粘り強く、扱いやすい。エグゾーストからは、ザラザラとドライなノイズが放たれる。スムーズな回転上昇は、歴代のオーナーを魅了したに違いない。80年前の精鋭は、今でも輝きを失わない。
1930年代の量産モデルの多くは、タイプ57の性能の半分にも届かなかった。3.3Lのエンジンは、142psを4800rpmで発揮する。2速で83km/h、3速で123km/hまで届き、最高速度は152km/hに達した。
戦前はフェラーリ以上の訴求力や神秘性
発進させてみると、4速MTは1速でメカノイズがうるさい。クラッチペダルは、現代のモデルと同じくらいの重さ。ダブルクラッチを踏めば、3速から2速へのシフトダウンも容易だ。
90年近く前のクラシックだから、常に余裕を持たせた運転が欠かせない。当時としては先進的な油圧ブレーキが搭載されているが、制動力が強いとはいえない。まっすぐ減速もしない。
とはいえ、洗練はされている。ボディは異音ひとつ立てず、ステアリングホイールは直感的で正確。切り込んでいくと重さが増し、小回りも効く。
パリの大通りを流せば、優越感が湧いてくる。色っぽい峰のフロントフェンダーが、石畳で優しく揺れる。ヘッドライトは黄色く灯り、ブガッティの接近を周囲へ知らせる。
エットーレ・ブガッティ氏による芸術と技術の融合が、絶妙な緊張感を生んでいる。移動手段であることを超越した、孤高のプロダクトだ。自動車史初といえるエキゾチックなクルマを、親子2人で誕生させたと表現しても過言ではないだろう。
自動車を運転することに対しても、真摯に向き合っている。スピードやハンドリングを高次元で求めた裕福な人々へ応える、至高の完成度にあった。近年の価値は、もはや天文学的な数字に達している。
戦前のブガッティは、現在のフェラーリに匹敵する訴求力や神秘性を誇っていたと表現しても、恐らく説明は足りていないだろう。タイプ57 アタランテが、現在まで多くの愛好家を魅了してきたという事実が、その一部を物語っている。
協力:アートキュリアル社