このまま発売してほしかった… コンセプトと全然違う市販車 14選 薄味になったデザイン

公開 : 2023.03.25 18:05  更新 : 2023.03.25 18:18

市販車:ポンティアック・サンファイア(1995年)

1995年に市販モデルが登場するや否や、コンセプトの興奮は冷めてしまった。シボレー・キャバリエにポンティアック独自のフロントマスクとリアエンド、そしてサイドのプラスチック・クラッディングを装着しただけのモデルだった。

唯一の功績は、ポンティアックのラインナップにコンバーチブルモデルが加わったことにある。しかし、「お金をかけずに幌を下ろして走れる」という魅力に乏しかったのは残念なことだ。

市販車:ポンティアック・サンファイア(1995年)
市販車:ポンティアック・サンファイア(1995年)

コンセプト:マイクロコンパクト(1996年)

1996年、米ジョージア州アトランタで発表されたマイクロコンパクト・コンセプトは、誰もその意図を理解できなかった。ディーラーが販売できるようになるクルマなのか、それともトイザらスのクリスマスカタログの予告編なのか。多くの人が後者に賭けたが、メルセデス・ベンツの親会社であるダイムラーは、このモデルを量産化する計画を立てた。

マイクロコンパクトに続いて、さらに3つのコンセプトが発表された。1996年のパリ・モーターショーで披露された「モジュラー・コンセプトカー」は、マイクロコンパクトによく似ているが、ドアが付き、ツートンカラーの塗装でセーフティセルが強調され、今日のフォーツーの原型となっている。1997年に発表された「シティ・ファッション・ビクティム」や「トリノ’98コンセプト」の方が、より正確に市販車を予感させるものだった。

コンセプト:マイクロコンパクト(1996年)
コンセプト:マイクロコンパクト(1996年)

市販車:スマートシティクーペ(1998年)

スマートは、マイクロコンパクト・コンセプトの形状に若干の手を加え、シティクーペを製作したが、基本的なモノボックスのシルエットはほぼ同じであった。フロントエンドはアーモンド型のヘッドライトを採用し、ロボットっぽくないデザインに仕上がった。2001年のマイナーチェンジでは、そのアーモンドが2つに叩き割られた。

市販車:スマート・シティクーペ(1998年)
市販車:スマート・シティクーペ(1998年)

コンセプト:プリムス・プロント・コンセプト(1997年)

プリムスは1997年、新しいタイプのエコノミーカーとしてプロント・コンセプトを発表した。若い世代をターゲットに描かれたデザインは、当時、プリムス・プロウラーを除いて、他のどのクルマとも一線を画すスタイリングであった。さらに、巻き上げ式の窓を装備するなど、装備の削減や組み立ての簡略化で価格を抑えた。プロントはプリムスのイメージを一新するものであった。

コンセプト:プリムス・プロント・コンセプト(1997年)
コンセプト:プリムス・プロント・コンセプト(1997年)

市販車:クライスラーPTクルーザー(2000年)

クライスラーは1990年代後半にプリムスブランドを閉鎖し、プロント・コンセプトをPTクルーザーに錬成した。4ドアのエコノミーカーという大前提は変わらないが、見た目や乗り心地などほぼすべてが変化した。デザインとしてはレトロな方向へ進み、製品企画としては高級なクライスラーのラインナップに組み込むために装備を充実させた。

市販車:クライスラーPTクルーザー(2000年)
市販車:クライスラーPTクルーザー(2000年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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