管理職サルーンの象徴 フォード・ゾディアック オースチンA110 ヴォグゾール・クレスタ 後編
公開 : 2023.04.16 07:06
思わず帽子をかぶって運転したくなる
オースチンのフラッグシップ・サルーンらしく、リアシートにはピクニックテーブルが据えられ、ダッシュボードやドアパネルはウォールナットの美しい木目パネルで彩られる。英国紳士なら、思わず帽子をかぶって運転したくなるだろう。
A110 ウェストミンスターを選びたいと思わせる理由の1つが、Cシリーズと呼ばれる洗練された3.0L直列6気筒OHVエンジン。当時のAUTOCARでは、上質さを乱すことなく他車を置き去りにできると、力強さへ感心している。
オーナーのマークも、その評価には賛同する。「素晴らしく滑らかで、背筋を伸ばした運転姿勢のおかげで、長時間運転しても腰が痛くならないんです。現代のモデルと比べれば全幅が狭く、狭い道での運転も簡単です」
「フロントの三角窓は、走行中に心地良い空気を吹き入れてくれます」。と話す彼は、燃費の悪さくらいしか目立った欠点はないと考えている。
「トランスミッションは、ライバルと比べれば洗練度で劣りますね。オーバードライブは滑らかに入りますが、加速時のシフトダウンが少々苦手。坂道では、計画的にギアを選ぶ必要があります。そのかわり、1960年代としては驚くほどブレーキは優秀です」
ダイナモの発電量は少々心もとないという。ワイパーを動かすのもやっと、といったところらしい。「雨の日の夜間ドライブは大変でしょう。そんな機会はまずないですが」
管理職向けサルーンが不可欠だった英国市場
今回ご協力願ったサルーンは、いずれも経年劣化が最小限に留められている。殆どサビのない3台が、近年揃うことはまずない。スクラップ置き場に積み重なっている姿は、目にするかもしれないけれど。
管理職向けの上級サルーンが不可欠だった半世紀前の英国市場を、ゾディアック MkIII、A110 ウェストミンスター、ヴォグゾール・クレスタ PBは思い返させてくれる。ローバーP6やトライアンフ2000といった新しいモデルとも、渡り合ってきた。
より若い世代は、欧州大陸のブランドへ関心を抱いていた。一方で年齢を重ねたドライバーは、自国のモデルを選んだ。適度な主張もありつつ、控えめで価格価値に優れたモデルを。
筆者が1台を選ぶなら、クレスタ PBに落ち着くだろう。アメリカへなびいたスタイリングを好んだ英国人の嗜好を、見事に体現している。長く伸びる高速道路を爽快に走ることへ、漠然と惹かれていた時代だった。
1960年代、郊外のレストランまで短時間で乗りつけるのに、ツートーン・ボディのクレスタ PBは最適といえた。少し特別な時間を過ごすための、典型といえるモデルだった。そして何より、心地よく運転できるという喜びを得ることができた。
協力:メーカーズ・カフェ、ケンブリッジ・オックスフォード・オーナーズクラブ、MkIIIゼファー&ゾディアック・オーナーズクラブ、ヴォグゾール・クレスタ・クラブ