世界最大の自動車メーカーを背負う仕事 トヨタ新社長「チャレンジは楽しい」 会長との関係は

公開 : 2023.05.18 06:05

社会の変化にどう対応していくか

佐藤氏は、気候変動対策の中核となる目標に効果的なものであれば、どんなものでも構わないはずだと述べ、クリーンモビリティが社会のあらゆる人々の手の届くところにあることを立法者が保証することによってのみ実現できるのだと主張する。

「地域によって施策が異なる可能性があります。わたし達は、世界で誰一人として置き去りにしたくありません。答えは1つではなく、たくさんあるのです」

トヨタは水素燃料電池や水素エンジンにも投資している。
トヨタ水素燃料電池や水素エンジンにも投資している。

ということは、BEVへの移行が早い国、例えばノルウェーやオランダ、英国、ドイツなどに対し、これまでトヨタやレクサスのサービスは不十分だったと感じているのか、と尋ねてみた。「そうかもしれませんね」と、彼は認めた。前任者への敬意と会社への忠誠心、そして2000年から2019年の間にハイブリッド・システムの開発によってCO2排出量を30%削減したという事実を念頭に置くと、彼の答えはおそらく誤りを暗黙のうちに認めているに等しいだろう。

「確かに、他社に比べれば商品のバリエーションは少ないかもしれませんし、そのことに対して批判があるのもわかります。しかし、もし批判があるのなら、どんなBEVでも発売するわけではないことを強調したい。トヨタは付加価値のあるクルマをつくらなければなりません。何車種を発売するかという数字だけでなく、お客様にとっても、環境にとっても、どれだけ良いものであるかが重要なのです」

トヨタは、限られた地球資源を一部のBEVだけに使うのではなく、できるだけ多くの車両をハイブリッド化することで短期的に排出量を減らすという、(目立たないが)常識的なスタンスを貫いてきたが、佐藤氏の時代になってもその姿勢は変わらないだろう。

「水素には未来がある」という考えも変わらないが、少なくとも自動車では燃料電池から水素燃焼エンジンにシフトしているように感じられる。

「欧州や中国には水素があります。エネルギー安全保障の観点からも、水素をいかに効率的に使うかが重要だと思います。トヨタとしては、その開発にも力を入れていきたい。章男さんは、水素(燃焼)ラリーカー(昨年ラリーで活躍したGRヤリス)のデモ走行を行っています。会社のトップがこのような未来の技術開発を積極的に示し、また技術的な課題に対する解決策を模索していることを示すことで、わたし達の熱意を感じていただけると思います」

不可能を可能に 失敗は恥ではない

他の技術についても、佐藤氏は熱意を示しつつも慎重に言葉を選んだ。固体電池技術については、「耐久性にはまだ大きな課題が残っていますが、ここを乗り越えれば、エネルギー効率は本当に素晴らしいものになるでしょう。わたし達も取り組んでいるところですが、まだ時間が必要です」と言う。

同様に、エンジン車用の合成燃料(eフューエル)についても、「合成燃料を作るのに必要なエネルギーは、今のところ十分な効率とは言えません。さらなる技術開発が必要です。それが実現できて初めて、現実的な選択肢になるのです」とした。

佐藤氏は、挑戦を続けることで世界の変化に対応していくと述べた。
佐藤氏は、挑戦を続けることで世界の変化に対応していくと述べた。

しかし、マイクロモビリティの話になると、佐藤氏は目を輝かせる。「モビリティを社会の中心に据え続けるためには、もっと多様なソリューションを提供する必要があると思います」と述べているが、これはおそらく電動スクーターやドローンなど、まだ実現されていない多くのイノベーションに言及しているのだろう。

「クルマという1つのモビリティにフォーカスするのではなく、社会が何を必要としているのか、社会の中でモビリティがどのような役割を担っているのかを考える必要があるのです。トヨタがウーブン・シティ(静岡県に建設中の実証都市)を作っているのも、そのためです。詳細は今手元にありませんが、モビリティにはいろいろな形があるのです」

ベルギーの夜が更け、翌週には欧州事業の全面的な見直しも控えていることから、佐藤氏の側近たちはインタビューを切り上げようと動き出した。愚問かもしれないが、これだけ多くの問題を抱え、しかもトップに就任して間もない今、佐藤氏は失敗を恐れることはないのだろうか。自動車会社は単にクルマを多く売って利益を上げることよりも、はるかに複雑で難しい側面を持つ。

記者が尋ねると、彼は少し考えてから、こう答えた。「失敗というのは、チャレンジしたときに起こるものです。たとえそれが失敗に終わったとしても、常識を破ることは恥ずかしいことではないはずです」

「エンジニアとして、常に問題に取り組み、不可能を可能にしようとしています。チャレンジすることは楽しいし、失敗も道のりの一部です。失敗は間違った選択肢を排除するものですから、それ自体が答えになります。世界は日々変化しています。一番重要なのは、挑戦することで変化に対応し続けることです」

記事に関わった人々

  • 執筆

    ジム・ホルダー

    Jim Holder

    英国編集部ライター
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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