スラントノーズの優勝マシン ポルシェ935 K3を再現 中身は911 カレラ2.7 MFI 前編

公開 : 2023.06.10 07:05

アグレッシブなボディワークで身を包んだ、スラントノーズのポルシェ。911 カレラ2.7 MFIがベースの1台を英国編集部がご紹介します。

936を破り総合優勝を掴み取った935 K3

このスラントノーズのステレオデッキには、ドイツのブラウプンクト社ではなく、英国のレコード会社、デッカのロゴが入っている。見た目からして普通ではないことは明らかだが、特別なポルシェを作りたいと考えた人物を象徴する、小さな証といえる。

ベースは1974年式の911 カレラ2.7 MFI。ドイツ・ケルンに拠点を置くクレマー・レーシングが手掛け、ル・マン24時間レースで優勝たした935 K3へ強い影響を受けている。

ポルシェ911 カレラ2.7 MFI 935 K3レプリカ(1983年式/英国仕様)
ポルシェ911 カレラ2.7 MFI 935 K3レプリカ(1983年式/英国仕様)

初代オーナーはミッキー・モスト氏。アニマルズやジェフ・ベック、ホット・チョコレートなど、錚々たるミュージシャンの音楽プロデューサーを務めた。

クレマー・レーシングは、ポルシェ911 ターボのレーシングカー仕様、935をベースにした「K3」で1979年のル・マンへ参戦。規模で勝るポルシェのファクトリー・チームが準備したプロトタイプマシン、936を破り総合優勝を掴み取った。

ライバルチームは、軒並みメカニカル・トラブルに悩まされていた。激しい雨が続き、性能差は本来より大きく縮んでいた。多くの幸運がもたらしたとはいえ、勝利したことは事実だ。

アグレッシブなホワイトのボディには、鮮やかなレッドのラインが引かれていた。風洞実験で導かれた、滑らかなラインのように。当時のクルマ好きの脳裏へ、935 K3が強烈な印象を刻んだことは間違いないだろう。

ウォルター・ウルフ氏も欲した935 K3

程なくしてクレマー・レーシングには、ル・マン優勝車を再現した911を制作して欲しいと、少なくない依頼が入るようになった。F1チームのオーナーだったカナダの実業家、ウォルター・ウルフ氏もその1人だ。

彼が頼んだポルシェは、1979年の優勝マシンに忠実な1台。正真正銘のル・マン・マシンを、公道走行可能な状態へ仕上げたような内容だった。スラントノーズのボディは鮮やかなブルーで塗られ、サイドにレッドのラインが施された。

935 K3レプリカをオーダーした、ミッキー・モスト氏
935 K3レプリカをオーダーした、ミッキー・モスト氏

そしてモストも、ポルシェの大ファンだった。ポルシェ356をコレクションし、毎日のように特別な911 カレラ2.7 MFIを乗り回していた。

人気曲を次々にプロデュースした彼は、世界的なヒットメーカーの1人だった。サンデー・タイムズ紙の長者番付に名を連ねるほど、巨万の富を得ていた。

911 カレラ2.7 MFIの機械式インジェクション・エンジンと5速MT、サスペンションなどは、通称ナナサンカレラとして知られるカレラRS 2.7と同じ。1975年に930型の911 ターボが発売されるまで、市販ポルシェとしては最も高性能だった。

ただし、901型のボディシェルはGシリーズへアップデートされていた。カレラRS 2.7のような、派手なダックテール・スポイラーなども備わっていなかった。

モストは、他とは違う1台を欲したのだろう。極めて珍しい1974年式カレラRS 3.0へ与えられた、ホエールテールと呼ばれる巨大なリアスポイラーとワイド・フェンダーをまとう、カレラ2.7 MFIをポルシェに作らせたという。豊かな資金力で。

記事に関わった人々

  • 執筆

    チャーリー・カルダーウッド

    Charlie Calderwood

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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