ベンツ・ヴェロ

自動車の黎明期について書かれた記事には必ずと言っていいほど、ベンツ・パテント・モトールワーゲンについての言及がある。後世のベンツ・ヴェロが注目されることはほとんどないが、これは残念なことである。正式にはヴェロシペード(ベロシペード)として知られるヴェロは、三輪のパテント・モトールワーゲンと異なり四輪で、製造期間も台数もはるかに多かった。

出力向上や、1896年からは空気入りタイヤも設定されるなど、長い年月をかけていくつかの改良が加えられた。1894年から1902年にかけて1200台以上が製造され、ヴェロは史上初の量産車と言われている。

ベンツ・ヴェロ
ベンツ・ヴェロ

BMW 700

今日では、BMWが0.7Lエンジンをリアに搭載した小型スポーツカーを製造することはあり得ないと思われるが、1950年代には財政破綻の一歩手前まで追い込まれた同社が、バブルカーであるイセッタによって窮地を脱したことを忘れてはならない。

700は、まさにそんなタイミングで登場した。モータースポーツでの成功により、非常に好意的な宣伝に支えられた優れた小型車であった。あまりの人気に、BMWは需要を満たすために1959年から1965年の間に19万台近くを生産しなければならなかった。もしこのクルマがなかったら、BMWはおそらく、例えばホルヒやピアレスと同じように歴史上のブランドとなっていただろう。

BMW 700
BMW 700

ビュイック・シリーズ50スーパー

成功しなかったからではなく、ごく短期間に生産されたために無名になったクルマもある。広く使われていたゼネラルモーターズ(GM)のCボディ・プラットフォームをベースとし、ビュイックのファイアボール直列8気筒エンジンの4.1L版を搭載したシリーズ50スーパーは、その一例である。

年間平均生産台数は10万台を超えたと考えられているが、このモデル(セダン、クーペ、ステーションワゴンのボディスタイルを用意)が販売されたのは1940年と1941年のモデルイヤーのみであった。

ビュイック・シリーズ50スーパー
ビュイック・シリーズ50スーパー

キャデラック・シリーズ72

シリーズ72は、ビュイック・シリーズ50スーパーと同世代のモデルであるが、その寿命はさらに短い。1940年モデルの初めに導入され、その年の終わりに生産終了となったのだ。

シリーズ75の派生モデルで、同じ5.7L V8エンジンを搭載し、フリートウッドのボディを採用したが、シャシーは3インチ短く、価格も若干安かった。その短命ぶりは人気の低さを示唆しているが、当時はこのモデルにしか装備されていなかったリサーキュレーティング・ボール(RB)式ステアリングが、翌年にはシリーズ全体の標準装備となった。

キャデラック・シリーズ72
キャデラック・シリーズ72

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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