アルピーヌA110R試乗 「思てたんとちがう」 底なしエンタメに感激

公開 : 2023.08.01 20:15

さらなる数値の違いとは

空力面でもう1つ見逃せないポイントは、フロントグリル内から取り込んで左右に分けるエアを、フロントブレーキへ流す冷却ダクトだ。このおかげでノーマルモデルやA110Sよりブレーキの冷却効率が+20%増しているという。

サーキットでの連続走行を見据えたモディファイなら、コストは嵩んでもカーボンディスクの方が手っ取り早いだろうから、ボディを軽量化してブレーキ冷却を確保する狙いは、最後にブレーキング勝負のひと刺しを利かせられる、そんなバトル上等モードのはずだ。

フロントグリル内から取り込んで左右に分けるエアを、フロントブレーキへ流す冷却ダクト。このおかげでノーマルモデルやA110Sよりブレーキの冷却効率が+20%増しているという。
フロントグリル内から取り込んで左右に分けるエアを、フロントブレーキへ流す冷却ダクト。このおかげでノーマルモデルやA110Sよりブレーキの冷却効率が+20%増しているという。

ちなみに足まわりはZFレーシング製の20段階可変減衰力ダンパーで、今回の試乗では工場出荷時のデフォルトで、前後とも真ん中の10段階目。スプリングはA110Sより+10%固められ、アンチロールバー剛性もフロントが+10%、リアが+25%高い。

かくして1Gあたりのロール角はシャシー・スポーツの2.7°に対しシャシー・ラディカルは2.3°。参考までにアルピーヌ・シャシーは3.3°という。

以上、いちおう静的観察からスペックめいた解説もしてみたが、数年前の時点でカーボンルーフは40万円のオプションだったので、A110Rのカーボン祭り10数点であの価格は、十分に正当化できると個人的に思う。

ただ、ピュアやGTにあるような楽しさ重視のバランス感が、ハードなシャシーにパイロットスポーツ・カップ2というセミスリック銘柄の組み合わせで損なわれていないか? そこが試乗前は疑問だった。

ようは細かいユサユサが間断なく襲ってくるチューニングカー然とした、日常域を犠牲にした小僧っぽいドライバビリティや乗り味を、予想していた。

ところがA110Rはチューンド風の乗り味どころか、こちらの想像の埒外にあるような洗練、レベルの高さを見せつけてくれた。6点式ハーネスはストリートカーには演出のうちと言い聞かせつつ乗りこんだら、パッドを貼りつけただけのようなカーボンシェルシートの座り心地からして、望外に快適なことに驚いた。

少し寝かせたステアリングとボタン式のDNRセレクト、ノーマルに加えてスポーツとトラックというドライビングモード選択も、通常のA110と変わらない。ちなみにフロントボンネットこそ軽くなったとはいえ、ラゲッジスペースもノーマルのままだ。

想像と違う 嬉しい裏切り

徐行~低速域で平滑とはいい難い路面でも、A110Rの乗り心地に粗すぎるハーシュネスや振動はない。差があるのはエグゾーストノートで、252ps版や300ps版のヴォヴォヴォといった破擦音よりも、3Dプリンタで作られた形状というステンレス製二重構造のテールパイプから、明らかにヌケのいいヴポポポッという乾いたニュアンスの音がする。

多少のウェービングとブレーキングを繰り返してタイヤを温め、ジワリと踏み込んでみた。

荒れた路面で横っ飛びとか突き上げで苛烈な目に遭えば懲りるはずだが、それらが巧みに抑え込まれ、ロール量は少ないが懐は深い足まわりに仕上がっているため、公道で乗るクルマとして自制心の要る危険さなのだ。
荒れた路面で横っ飛びとか突き上げで苛烈な目に遭えば懲りるはずだが、それらが巧みに抑え込まれ、ロール量は少ないが懐は深い足まわりに仕上がっているため、公道で乗るクルマとして自制心の要る危険さなのだ。

室内へとエグゾースト音を増幅して導く回路はそのままだが、エグゾースト可変バルブや遮音材がとり払われており、回転が上りつめていく際のエグゾーストノートの澄み切ったフィールは、まったく別物だ。ライトウエイト化の恩恵か、トルク特性やパワーカーブはA110SやGTの300psと同じままだそうだが、より軽く速く、吹け上がりが向上したようにすら感じる。

サーキット用ポジションならA110Sより最大、20mmのローダウンが効くZFレーシングのダンパーは、今回は公道用で-10mmの車高設定。マイナス値として大きく見えないが、元から軽くマスの小さな車体のロール重心がさらに抑えられているのだ。

最初のいくつかのコーナーでは、クルマの方があまりに素早くコーナリング姿勢を決めてしまうため、イメージ通りに曲がれなかった。逆に進入スピードを上げ、ゆっくりステアリングを切り込んでいくと、大きく荷重移動をせずとも前後バランスがよく、旋回中もリアの盤石スタビリティをアテにできることに気づき、徐々に脱出スピードが速まっていく。

しかも先述の、ヌケのいいエグゾーストノートを愉しんでいると、いつしか恐ろしい速度で進入旋回しては、深々と踏み込んでいることに気づかされる。

速度がのった状態での制動でも、元より軽いがゆえの過渡特性の良さ、伸びが素早く接地を乱さないダンパーのせいもあるだろう、ブレーキングも徐々にそこそこハードになっていく。

荒れた路面で横っ飛びとか突き上げで苛烈な目に遭えば懲りるはずだが、それらが巧みに抑え込まれ、ロール量は少ないが懐は深い足まわりに仕上がっているため、公道で乗るクルマとして自制心の要る危険さなのだ。

それでもいつか、物理的な限界はあるのかもしれない。が、底なしにシャシーが速くて、吹け上がりの心地よいエンジンをリミット近くまで使うよう、まるでクルマの方から踏め踏めと催促してくるようだ。

色気で挑発というより、アルピーヌというロジックそのものにノせてくる1台なのだ。

この日、続いてA110Sにも比較試乗したのだが、エグゾーストの音質がワントーン落ち着いて聞こえ、ピュアやGTに比べて固いと思っていた足まわりに、まるでツーリングパッケージのような感触を覚えた。

箱根の限られた条件で見た白昼夢かもしれないが、「役モノ」としての格と、依存性の高い危険さが、A110Rには確かに備わっていた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    南陽一浩

    Kazuhiro Nanyo

    1971年生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。ネコ・パブリッシングを経てフリーに。2001年渡仏。ランス・シャンパーニュ・アルデンヌ大学で修士号取得。2005年パリに移る。おもに自動車やファッション/旅や食/美術関連で日仏独の雑誌に寄稿。2台のルノー5と505、エグザンティア等を乗り継ぎ、2014年に帰国。愛車はC5世代のA6。AJAJ会員。
  • 撮影

    小川和美

    Kazuyoshi Ogawa

    クルマ好きの父親のDNAをしっかり受け継ぎ、トミカ/ミニ四駆/プラモデルと男の子の好きなモノにどっぷり浸かった幼少期を過ごす。成人後、往年の自動車写真家の作品に感銘を受け、フォトグラファーのキャリアをスタート。個人のSNSで発信していたアートワークがAUTOCAR編集部との出会いとなり、その2日後には自動車メディア初仕事となった。

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