マニアしか知らない無名なフォード車 26選 ブルーオーバルが生んだ奇妙なクルマたち
公開 : 2023.08.12 18:05
フォード・スカイレンジャー
コンバーチブル・ピックアップトラックに可能性を見出し、数台が作られた後に諦めるというのはよくあること。フォード・スカイレンジャーはその極端な例である。
スカイレンジャーがどのようにして誕生したのかについては、さまざまな説があり、あまりに千差万別であるため直接の引用は避けたいが、外部の会社が(フォードの承認の有無にかかわらず)フェイスリフト後の初代レンジャーを改造したドロップトップモデルを作り、1991年に20台以下を生産したということは間違いないようだ。
フォード・スクワイア
英国で初めて設計・製造されたフォードのステーションワゴンは、当時のアングリアやプレフェクトといったセダンと機械的に類似している。1955年9月に生産が開始され、4年間に1万6000台弱が出荷された。ちなみに、アングリアはわずか4か月ほどでこの数字を超えている。
スクワイアのベーシックな派生モデルは、フォードで初めてエスコートの名を冠した。こちらは安価であったためか、(アングリアに比べればまだ少数派ではあるが)格段に人気が高く、1961年まで生き残った。
リンカーン・リド
1951年にフォードの高級車部門リンカーンが発行したカタログによると、「並外れた豪華さがリンカーン・リドの特徴である」という。それは大いに結構なことだが、この宣伝文句が書かれたのは生産開始から2年目のこと。リドはこの年に生産が終了している。
ELシリーズ・セダンをベースとするクーペタイプのリド。残念ながら購入者はほとんどいなかった。唯一輝かしいのは、1963年に登場したショーカーのコンチネンタル・リドで、標準のコンチネンタルにさまざまなスタイリング・アップグレードを施したものである。
リンカーン・カスタム
カスタムは、リンカーンが1941年と1942年のモデルイヤーに販売した3車種の中で最大のサイズを誇り、セダンとリムジン(写真)の2種類が用意された。米国が第二次世界大戦に参戦したため、1942年2月にすべての自動車生産が停止されたこともあり、生産台数は800台以下にとどまる。
カスタムが希少であるもう1つの理由は、同時代のコンチネンタルとは異なり、戦後に生産が再開されなかったこと。カスタムという名前は1950年代にも時折見られるが、別のモデルレンジでのみ使用された。
マーキュリー・ターンパイク・クルーザー
1957年モデルとして登場したマーキュリーのターンパイク・クルーザーは、2ドアと4ドア・ハードトップ、2ドア・コンバーチブルのボディスタイルを持つ高級車であった。大排気量V8エンジン(最大7.0L)を搭載し、ブリーズウェイと呼ばれる電動開閉式リアウィンドウを備えている。
売れ行きは芳しくなく、マーキュリーは苦労して1万7000台を生産した。1958年、ターンパイク・クルーザーはモントクレア・シリーズに統合され、1959年には完全に姿を消した。