手のかかる最高の高級車 ロールス・ロイス・ファントムIII 9年を費やしレストア 前編
公開 : 2023.08.26 07:05
ファントムIIより軽く速く洗練されたクルマ
その頃、アメリカの自動車産業は急速に発展し、8気筒や12気筒、16気筒エンジンを搭載した高級モデルが英国へ輸入され始めていた。6気筒エンジンのファントムIIと比べて遥かに高速で、安価で、静かでもあった。
欧州でも、ベントレーが8リッターを発表。イスパノ・スイザもV型12気筒のJ12を提供するなど、ロールス・ロイスの技術者を強く動揺させる変化が起きていた。
ファントムIIIの開発目標は、先代のファントムIIより軽く速く、洗練され扱いやすい操縦性を得ること。ホイールベースは短縮され、11フィート10インチ、約3607mmに設定された。
かくして、1935年に発表されたファントムIIIは目標を達成。車重は8%減らされ、V型12気筒エンジンは、それまでの6気筒より12%強力だった。このシリンダー配置は、コンパクトに仕上がるというメリットもあった。
その頃のロールス・ロイスは、飛行艇レースのシュナイダー・トロフィー用エンジン開発を通じて、多気筒ユニットに対する経験を積んでいた。クランクケースとヘッド、メインブロックはアルミ製で軽量。フロントアクスル側へ寄せた搭載が可能だった。
エンジンの外装は、ブラックのエナメル塗装。絶妙に調整されたシリンダーの燃焼タイミングと、バルブクリアランスをゼロに保つタペット構造を採用し、当時の自動車用ユニットとして最高水準の静寂性も実現していた。
英国製サルーンの平均を上回る動力性能
サスペンションは、ゼネラル・モーターズ(GM)のモデルに影響を受けた、セミトレーリング・ダブルウィッシュボーン。スプリングとダンパーは、それぞれ潤滑油で満たされたケースに収まった。
ライバルを凌駕する動力性能を、ロールス・ロイスは狙っていなかった。それでも、2770kgの車重でありながら、当時の英国製ファミリーサルーンの平均を上回る能力は秘めていた。
最高速度はボディによって異なるが、速い例で160km/h。重たいリムジンボディを架装しても、145km/h程度は出たようだ。トルクが太く粘り強く、5km/hも出ていれば3速で走行可能だった。
そのかわり、燃費は2.8km/L。ガソリンタンクの容量は150Lもあったが、さほど遠くまでは走れなかった。
高級サルーンとして、ショーファードリブンが前提だったが、オーナー自ら運転を嗜むことも想定されていた。ステアリングホイールを握れば、約14.6mという、ボディサイズとしては悪くない小回りで市街地を縫えた。
ロールス・ロイスは、ファントムIIIに標準のボディを設定しなかった。コーチビルダーのパークウォード社やマリナー社、バーカー社、フーパー社といったメーカーが、少量生産かオーダーに応じたワンオフで、上等なボディを製作した。
スタイルとしては、スポーツサルーンやカブリオレ、リムジン、ツーリング、プルマンなど多様。いずれも、ホイールベースは変わらなかった。
この続きは後編にて。