トヨタ・クラウン・アスリートG
公開 : 2013.02.26 17:19 更新 : 2021.01.28 17:04
新型クラウンのプラットフォームは先代からの改良版である。先代クラウンのそれも先々代(ゼロクラウン)からのキャリーオーバーだったので、このプラットフォームがクラウンに使われるのは都合3世代目だ。クラウン開発陣は「自分たちで育て上げてスミズミまで知り尽くしたプラットフォームを、今回で最終完成形にしたかった」という。前例から考えると、昨年発売されたレクサスGSの新開発プラットフォームも新型クラウン骨格構造として有力候補になったはずだが、当のGS開発陣は「今回は最初からレクサス専用として開発した」と強調する。はたしてどちらの言い分が真実に近く、またそこにどういう力学が働いたのかは定かでない。
では、新型クラウンのシャシーに新機軸が皆無かといえば、そんなことはない。開発陣が“いなしサス”と呼ぶまったく新思想のリヤサスペンションが最大のハイライトである。クラウンのリヤサスはメインとなるロワーウィッシュボーンを核に、4本のリンクを追加したマルチリンク構造だ。新型クラウンではその4本のリンクが、通常のパイプでなく四角の一辺を切り欠いたような開断面をしている。そんなことをすればリンクの剛性は大きく落ちる(設計の意図は曲げ剛性をそのままにねじり剛性だけを下げることだ)が、そのねじれを積極的に振動吸収に活用し(≒いなし)て、乗り心地と滑らかなサス作動を後押しするんだそうだ。同時に、フロントタイロッドも波型形状をしているが、これもまた“いなし”思想のひとつ。路面からのステアリングに伝わる震動を吸収するだけでなく、タイヤにかかる横力に対してトーアウト(=安定)方向に動きやすくするのがねらいという。
サスアームやタイロッドは可能なかぎり高剛性で、わずかなゆがみも追放するのが本来の理屈だが、「どうせ曲がってねじれるんなら、それを利用してしまえ」ということだろう。いなしサスは北海道士別のトヨタテストコースで、とある技術者を中心に10年越しで研究開発されてきたという。なんだかんだいって、こういうものが出てくるところは大トヨタの基礎体力。今回も「ブッシュは先代でやり尽くした」という思いからの採用というから、もし新プラットフォームに切り替わっていれば、この前代未聞のいなしサスも日の目を見なかった可能性がある。興味深い。
今回は限られたコースでの試乗だったが、最も硬い3.5ℓアスリートでもベタッと張りついたゴリゴリのコーナリング性能でありながら、奇妙な上下動は出ずに路面変化にも強い。思わず身構えるような直角方向の深い目地段差に突入しても、実際には軽いショックで呆然自若。いっぽうのロイヤルは伝統のクッションライドの残り香を漂わせつつも、現代高性能セダンに必要な安定姿勢もくずさない。どちらも飛び抜けてインパクトの強い乗り味ではないんだが、非常にバランスのいいところに落ち着いていて、キツネにつままれたような乗り味である。だから総合的には……まあいいクルマである。「これがいなしサス効果だ!」というなら、それも納得。ただ、最近のクルマではめずらしく、ステアリングのオーバーシュート感が明確に感じられたのが唯一の弱点に思えたが「これがいなしサスの弱点だ!」というのなら、その可能性もある。
パワートレーンは3.5ℓV6と2.5ℓV6、そして3.0ℓが廃止されたかわりの新開発2.5ℓベースの“FR用初の低燃費型”ハイブリッドが用意される。ハイブリッドの価格は2.5ℓV6より50万円前後高。モトが取れるかは微妙……というところまで価格差が縮まったので、トヨタも売れ筋はハイブリと見込む(実際、ハイブリのほうが納車が遅れるのに初期受注の約7割がハイブリだそうだ)。ただ、ハイブリうんぬん以前に「クラウンに4気筒なんて!」という事実に、販売現場やトヨタOBから少なくない抵抗があったというが、燃費をねらうならV6はあり得ないだろう。
そんな守旧派の声に応じて、ハイブリの4気筒ノイズはかなり遠くに追いやられて、それなりに静かではある。実際に静粛対策は徹底したというが、それでもV6から乗り換えると「ああ4気筒」と思ってしまうのは事実。今や欧州勢もこのクラスは4気筒ないしはディーゼルが主流だから、変に隠しだてするよりは、ある程度は聴かせる方向に発想転換したほうがいいんじゃないかとも思う。音質がV6と根本的にちがうので、中途半端に抑え込むと逆効果の気もする。
ちなみに、ピンククラウンは最初はプロモーション用としてつくられて、例のグリルデザインと同様、今風にいえば“炎上マーケティング”も想定したことは間違いない。ただ、賛否両論のグリルも、このピンクカラーも、実物は意外なほど違和感は少なく、いつの間にか記憶のどこかに張りつく不思議な魅力がある(個人の趣味にもよるが)。このピンクも単なる思いつきでそこいらのペンキを塗りたくったわけではなく、パールの入ったカラーを新開発。当初は発売想定ではなかったが、豊田章男社長がクラウン発表会場で市販化宣言。どんな形態かはともかく、1年以内には発売されるという。でも、せっかく売るんなら話題が炎上しているうちがよかったのに……。
(文・佐野弘宗 写真・田中秀宣)