アバルト500/695ツーリズモ
公開 : 2014.01.30 17:27 更新 : 2017.05.29 18:23
ちなみにフィアット500のシャシーは、基本的にリヤを踏ん張らせておいて、その安定を軸に操舵で曲げていく方向に設えられているが、アバルトのそれも同じ方向のまま締め上げたものと言っていい。ただし、リヤのロール剛性が上がって荷重移動が早くなったのに加え、フロントもストロークの規制によってロールアンダー傾向が弱まっているから、ステア特性はニュートラル方向に寄ってはいる。そして、さらに硬められた595のアシも、その延長線上にいる。つまり大掴みの特性としては大きな違いはないのだ。硬めたぶんだけ踏める。そういう差のありようだと考えていい。
付け加えておくならば、リヤのストローク量は伸びも縮みも少なく、ABSが介入するようなハードブレーキングで荷重が一気にフロント乗ってリヤが浮き気味になると、わりとあっさりとテールアウトの姿勢をとろうとする。同じリヤが出る設定でも、例えばルーテシアやメガーヌの場合はリヤをストロークさせて接地感を保ちながら漸進的にそれが推移する。またルノーは、ブレーキを残しながらのターンインで、その制動力を少しずつ抜いていくと、フロントの横力ゲインが呼応して高まる。だがアバルト500のフロントは、ゲインを一定に保つ方向性で仕上げられていてブレーキを抜きながら小さく回り込むような動きは作りにくい。ESPも、積極的に挙動に関与しようとするものではなく、上記のように明確にテールアウトしかかったときにだけ緊急措置的に介入する仕立てだ。フロントにLSDは備わっていないから、コーナー後半で踏めばハナは巻き込むのではなく外に向かおうとする。エンジン馬力に対する前輪の路面把握能力は決して低くはなくて、踏んだとたん真っ直ぐ突進するようなことはないのだが、やはりアクセルを開ける作業は舵角とロール角との相談になる。自由自在にダンスを踊るように走らせて楽しむイメージではなく、ブレーキも操舵もアクセルも正確に丁寧に行って、その速さを存分に引き出していく種類のクルマだ。
そういうわけでアバルト500/595は、俊敏ではあるけれど、その俊敏は古典的なホットハッチのイメージ近いものである。それでいいのだろう。フィアット=アバルトにひとが望むのはそういう世界のものなのだろうから。
(文・沢村慎太朗 写真・市 健治)