アストン マーティンのキー・エレメントについて F1鈴鹿を前に、チーフデザイナーが語り尽くした

公開 : 2023.11.05 19:35

アストン マーティンは必ず手描きのスケッチから始まる

これら様々な文脈から見つめ直すと、エレガントでハイパワー、かつ最新のテクノロジーを惜しみなく投入したDB12は、アストンのヒルクライム車両やDB2のような車、つまり原点回帰でありコノスール(connaisseur、フランス語で通人や物識りな人、の意)向けの一台であるという。

「これまで開発リソースをシャシーに集中させていた分、DB12ではインテリアにも注力してアップグレードできました。上方のアングルから見た際に、乗り手の頭部がどの辺りに来るか、ドアを開けた際の位置との関係も、練り込みました。ヴォランテもつねにクーペと同時開発することで、幌を収めるリアトランクの高さまで最適化されています」

アストン マーティンのキー・エレメントについて F1鈴鹿を前に、チーフデザイナーが語り尽くした
アストン マーティンのキー・エレメントについて F1鈴鹿を前に、チーフデザイナーが語り尽くした    アストン マーティン

「他方、ヴァンテージはもっともピュアで、シンプルなライン。DBシリーズとのデザイン上の違いを挙げるなら、DBシリーズが静止状態で安定感があるのに対し、ヴァンテージはダイナミズムあるデザイン。常に前がかったポスチャーなんです。同じプラットフォームで限定車を作ってきましたが、強烈なキャラクターということで従来は立ち入らなかった領域にも入るようになりました」

ここでいう限定車とは、100周年のためにワンオフ限定で22台が用意され、ペブルビーチで披露されたスピードスター、DBR22を指す。カーボンのボディ構造を引き継いで過去モデルへのオマージュとしつつも、3Dプリンタによるインテリアなど、技術的には最先端のテクノロジーを用いていた。

そして氏のいう「強烈なキャラクター」とは、ヴァンテージは偉業や記録を打ち立てるためのハンターであり探究者であるのに対し、強さとパワーの化身のようなDBS770はローグ(悪役)というキーワードに収斂する。そしてDBX707についてはアドヴェンチャラーと、形容する。

「DBX707は最大化されているほどの大型グリルが特徴で、あれで最新のアストンだ、と分かります。SUVに関わらず。アストン マーティンは必ず手描きのスケッチから始まります。ここからホテルに戻るまでの10分間で、描けるほど簡単なものです。悪役というと何ですが、デザインチームの役割は、言葉に基づいてデザイン化するというか、強烈でエモーショナルなものを、顧客や社内に翻訳して、デザインで作り上げることに他なりません」

ジェット機とスペースシャトルに例える2台

ライヒマン氏はまるで指揮のタクトを振るように、新しいモデルの着想やそれらが出現した文脈を、次々と披露していく。

「ヴァラーは、創業110周年を記念して、現存プラットフォームからまったく新しいものを110台、1970~80年代初期のマッスルカーをイメージしました。アメリカン・マッスルカーはイタリアでデザインされていましたが、当時アストン マーティンは独自モデルとしてV8を作っていたのです。しかもヴァラーはたったの12ヶ月間で開発されました。開発期間の短縮も大きなテーマでしたが、個人的に重要だったのはV12のMTであること。スタイリストではなくデザイナーとして、この車を実際に走らせてシフトするのは、素晴らしい体験です。もちろんドライバーとしても」

アストン マーティンのキー・エレメントについて F1鈴鹿を前に、チーフデザイナーが語り尽くした
アストン マーティンのキー・エレメントについて F1鈴鹿を前に、チーフデザイナーが語り尽くした    アストン マーティン

さらにヴァルキリーとヴァルハラの違いを、このように述べる。

「ヴァルキリーに関しては、限界を超えることに重要性、意味がありました。F1への復帰にも関連しますが、ヴァルキリーは軽量化された以上、原理原則として空力が必要でした。だからF1カーではないものの、限りなく近いフィールが得られます。しかも190cm近い私でもコクピットに収まるパッケージングです。日本庭園や邸宅のようなリビングスペースの考え方に似ていて、見えない部分、ネガティブスペースとフローが重要なのです」

見えない部分の具体的なフローとは、フロントからエアを採り入れ、後方に積んだ巨大なV12を冷却しつつ、ダウンフォースを得てリアから排出することだ。

「これは他のアストン マーティンと違って、ジェット機と同じコンセプト。空力は得たいけれども、ドラッグは低めたいという意味で、F1と同じ考え方なのです。一方のヴァルハラは、スペースシャトル同じなんですよね」

どういう意味かといえば、シングルカーボンデザインを採り入れているだけではない。例えば380km/hでワイパーを機能させること。そんな要件に対して、ほとんどの自動車サプライヤから断られたという。曲面的なウインドウなのでワイパーが浮いてしまうため、結局はスペースシャトルと同じサプライヤで制作されているのだとか。

「ですからロードカーとして、ヴァルハラはユニコーンのような1台。ブランドのベクトルとして、フロントエンジンからF1同様のミドシップである点ではヴァルキリーと同じですが、後輪駆動で集大成的なヴァルキリーに対し、ヴァルハラはPHEVで4輪駆動なので、やや重量は嵩みますが、オールカーボンボディでハイパーカー的といえるでしょう」

記事に関わった人々

  • 執筆

    南陽一浩

    Kazuhiro Nanyo

    1971年生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。ネコ・パブリッシングを経てフリーに。2001年渡仏。ランス・シャンパーニュ・アルデンヌ大学で修士号取得。2005年パリに移る。おもに自動車やファッション/旅や食/美術関連で日仏独の雑誌に寄稿。2台のルノー5と505、エグザンティア等を乗り継ぎ、2014年に帰国。愛車はC5世代のA6。AJAJ会員。
  • 編集

    AUTOCAR JAPAN

    Autocar Japan

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の日本版。

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