2台を合体した映画の主人公 ダラック10/12HP スパイカー12/16HP ベテランカー・ランの功績車(1)

公開 : 2023.11.19 17:45

1953年の映画に登場したダラックとスパイカー ベテランカー・ランを現代へ継続させた立役者 約120年前の2台を英国編集部がご紹介

歴史あるイベントへ日の目を当てた映画

真鍮製のラジエターキャップから、圧力が高まった蒸気が漏れ始める。2気筒エンジンは、メトロノームのように一定の間隔ボディを揺らし続ける。御年119歳というビンテージカーにとって、筆者の体重は少々重荷だったらしい。

1953年の英国アカデミー賞を受賞した映画、「ジュヌヴィエーヴ」で主演級の活躍を披露したダラック10/12HPと、共演したスパイカー12/16HP ダブルフェートンの再会が叶うまで、70年の時間が必要だった。冷却液が落ち着くまで、じっくり待つとしよう。

レッドのシャシーのダラック10/12HP ジュヌヴィエーヴと、ライト・グリーンのスパイカー12/16HP ダブルフェートン
レッドのシャシーのダラック10/12HP ジュヌヴィエーヴと、ライト・グリーンのスパイカー12/16HP ダブルフェートン

2023年は、映画の公開から80周年という節目。それを記念し、ロンドンから南岸のブライトンを目指す恒例イベント、第88回「ベテランカー・ラン」への参加が予定されている。この記事が読まれる頃には、約80kmのルートを走り終えているはずだ。

ジュヌヴィエーヴが成功したことで、ベテランカー・ランという世界で最も歴史ある自動車イベントの1つへ、日の目が当たることになった。クラシックカーを嗜むという魅力を、多くの人へ伝えることにも繋がった。

こうしてAUTOCARでダラックとスパイカーの記事をお伝えできるのも、映画があってこそ。今回は、実際に撮影へ使われた2台をご紹介したい。

朽ちた2台を組み合わせ走れる状態に

ジュヌヴィエーヴと呼ばれることになるダラックは、1945年に管財人のビル・ベイリー氏によって発見された。ロンドン北東部にあった建設業者の資材置き場に、15台のクラシックカーと一緒に放置されていたという。

ベイリーは友人でカーコレクターだったビル・ピーコック氏とジャック・ワズワース氏へ連絡。丸ごと45ポンドで買い取る、という契約が結ばれた。

ダラック10/12HP ジュヌヴィエーヴ(1904年)
ダラック10/12HP ジュヌヴィエーヴ(1904年)

そこには、1904年から1905年に作られた2台の10/12HPが含まれていた。1台は部品が剥ぎ取られた状態ではあったが、フレームは綺麗だった。他方は見た目が悪くなかったものの、フレームは朽ちていた。

2人は引き取り手を探し、25ポンドで購入したのがロンドンの北に住むピーター・ヴェニング氏。2台を組み合わせ、走行可能な1台が作られた。失われていたフロントホイールは、フォード・モデルT用のものが流用されたようだ。

しかし、ハートフォードシャー州で農場を営むヴェニングには、レストアを仕上げる予算がなかった。最終的に、モータースポーツ誌の売買枠へ35ポンドで売りに出された。

救いの手を差し伸べたのが、フォードのディーラーを営んでいたノーマン・リーブス氏。高性能なダラック・フライング・フィフティーンへ準じたラジエーターを復刻することで、不満なく走れる状態が目指された。

ボディの高い位置に載るベンチシートは延長され、トランクも追加。使いやすさも改善された。彼は、完成したダラックで1950年のベテランカー・ランへ参戦。完走を記念するメダルの1枚が与えられた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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