運命かえた名車、一堂に エンツォ・フェラーリ博物館企画展「ゲームチェンジャーズ」
公開 : 2023.11.08 21:05
・創設者の生家を改装した博物館で企画展が開催
・フェラーリの歴史の転換点となった名車の数々を展示
・今後のゲームチェンジャーたちにも期待
「初めて」を振り返る
イタリア北部エミリア地方には、フェラーリが運営する2つのミュージアムがある。1つは本社所在地マラネッロの「フェラーリ博物館」だ。もう1つは約20キロメートル離れたモデナにある「エンツォ・フェラーリ博物館」で、こちらは彼の生家を改装したものである。後者に隣接するホールでは、2024年2月17日まで企画展「ゲームチェンジャーズ」が開催されている。
展示の趣旨には「フェラーリ史における革新的モデルとデザイン、コンペティションカー、テクノロジー、そして最も忘れがたい勝利を紹介するものである」と記されている。
順路は、創業年である1947年の「125S」レプリカから始まる(以下、記載年は展示車に準拠)。フェラーリのネーミングを冠して最初に造られた記念すべきモデルである。
続くのは翌1948年「166MM」だ。発表されたのはトリノ・モーターショーで、フェラーリにとっては初のショーデビューであった。同時にカロッツェリア・トゥリング・スーペルレッジェーラによる全アルミニウム製ボディを採用した初のフェラーリ製バルケッタだ。MMはイタリアを代表するスピードレースで、のちにフェラーリが数々の優勝や好成績を果たす「ミッレミリア」にちなんだものである。
1970年代も革新は続く。1973年の「365GT4 BB」は180°V型12気筒エンジンを搭載した、フェラーリ初のミッドシップ市販モデルであった。
筆者自身が最も関心を寄せたのは、1987年「408 4RM」である。名エンジニア、マウロ・フォルギエーリによる指揮のもと、AWDモデルとして実現が模索された試作車である。実際には量産に至らず、四駆は後年の2011年「FF」まで待たなければならなかったが、開発段階で11もの特許を取得している。今回展示されたのは当時2台が製作されたうちの2号車である。
カスタマーを意識してきたモデル展開
今回の企画展を訪れた筆者は、2つの事柄をあらためて感じた。
第1は、フェラーリというブランドが、あたかも孤高の存在であるかのように語られることが多いが、実はいつの時代もカスタマーの存在を意識していたということである。
たとえば1956年「410スーパーアメリカ・ピニン・ファリーナ」は、エリート的オーナーに向けて放たれた最初のフェラーリとされる。とくに、そのネーミングからわかるように、強いドルを背景に活況を呈していた米国市場を意識していた。
初の4シーター・フェラーリである1960年「250GT 2+2」は、より快適なグラン・トゥリズモを求める市場の要望に応えたものである。
2005年「FXX」は、既存のエンツォをベースにしながら公道用ホモロゲーションには敢えて目をつぶり、サーキット走行を、それもレースではなく楽しむために開発された。これは世界各地で、レースではなく走りを堪能したいという富裕オーナーの存在をいち早く察知した製品企画に違いない。