家族とオープン2+2 BMW 2002カブリオレ/トライアンフ・スタッグ 前編
公開 : 2019.08.24 07:50 更新 : 2020.12.08 10:56
日本では珍しい、BMW 2002カブリオレとトライアンフ・スタッグ。子どもがいてもオープンカーを諦める必要がないことを教えてくれるクルマたちです。ほぼ同時期に誕生した2+2ですが、メーカーの個性が色濃く現れた2台を、比較しました。
3.0LのV8に2+2のレアな組み合わせ
ストレスフルな日常の暮らしに疲れたからといって、ヨガやピラティスを選ぶ必要はない。トライアンフ・スタッグという選択肢もある。ドロドロとしたビートは明らかにV8エンジンの存在を教えてくれる。ちょっと悪びれたサウンドでもあるが、愛すべき2+2のカブリオレ、スタッグのおっとりとした正確にもぴったりな心拍数でもある。
このスタッグというクルマは不思議なことに、せっかちなドライバーでも気持ちを穏やかにしてくれる。3.0LのV8エンジンを搭載し、最高速度は193km/hと、決して遅くはないグランドツアラーではある。しかし心を沈めてくれる効果がある。競争本能を奮い立たせる種類のクルマではない。
ゆったりと流せば、現代の成功者が乗るラグジュアリー・オープンにも通じる豊かなライフスタイルを、スタッグからも感じ取ることができるだろう。50年近く昔のクルマでもあり、4シーターにV8エンジンが搭載された、イタリアンなアピアランスを持つオープンカーという視点で見ると、ライバルも多くは存在しない。日が暮れてくると、快適なツーリングを楽しむには冬用の帽子が必需品となるけれど。
1970年当時、2000ポンド(27万円)という価格設定は悪くないものだった。少し古びたメルセデス・ベンツ280SLの価格は倍以上で、しかもリアシートは付いていない。近似する価格帯には、アルファ・ロメオ1750 GTVやロータス・エラン+2Sというクルマもあったが、屋根が開くことはなく、トライアンフの開放感を得ることはできなかった。
英国で最も盗難被害の多いクラシックカー
一方でスタッグのモデルライフは、順風満帆ではなかった。コヴェントリー郊外、カンリー工場のエンジニア、ハリー・ウェブスターの考案で1960年代なかばに生まれたクルマで、1977年までの間に生産された台数は2万6000台ほど。メカニカル面での完成度が低く、1968年にトライアンフを含むかたちで結成された自動車メーカー、ブリティッシュ・レイランド社にとって、議論となるクルマの1台にもなった。
メルセデス・ベンツSL「パゴダ」の成功に着想を得たウェブスターは、開発が安価であるという前提で、大型で豪華なオープン・トライアンフのアイデアを、上層部に持ちかける。基本的にはトライアンフ2000の焼き直しで、ランニングギアやサスペンション、全長を短くしたフロアパンなどを流用している。
ハリー・ウェブスターがマリーナの開発のためにオースティン・モーリス部門へと移動すると、彼の創造性は封じられてしまう。スタッグはブリティッシュ・レイランド社のモデルラインとしては高すぎ、信頼性にも欠ける、困りもの扱いをされてしまう。特に取り付け位置が高くギア駆動されていたウォーターポンプのトラブルは広く認知されていたほど。
加えて、V8エンジンのオープンというパッケージゆえに期待していたアメリカ市場での販売は、環境規制が厳しくなり難しく、英国から輸出されることもほとんどどなかった。だとしても、楽しめるクルマとしての素質は高く、ファンクラブを形成するのにも適したモデルであることは、今になってみると良くわかる。かつて、英国で最も盗難被害の多いクラシックカーという、不名誉な人気も得ていた。