【世界最古のV8ユニットに幕】 ベントレー・ミュルザンヌに積まれた名エンジン 前編
公開 : 2020.10.17 07:20 更新 : 2020.12.08 08:38
Lシリーズと呼ばれるV型8気筒エンジンは、シルキーな力強さで、61年間もベントレーとロールス・ロイスのタフな心臓を担ってきました。しかし2020年に製造が終了。量産最古の設計といわれるユニットを、振り返ります。
61年間の生産に幕を閉じるLシリーズ
L410と呼ばれるV8エンジンが、61年間に及んだ生産に幕を閉じる。2020年6月4日、1959年の生産開始から3万6000機目のLシリーズ・ユニットが、ベントレー・ミュルザンヌ6.75エディションに組み込まれた。
コンチネンタルGTやベンテイガを生み出す、クルーの主要ラインとは別の小さなチームが手作りするV8エンジン。完成には、30時間を要した。
現行の乗用車用エンジンでは、最も設計が古いものだった。この記録を超える可能性があるユニットは、現役のシボレー製V8スモールブロックくらいだろう。
Lシリーズは、もともとはロールス・ロイス用のエンジン。ロールス・ロイスの兄弟ブランドとして、ベントレーがバッジ・エンジニアリングでしのいでいた時代の名残だ。これ見よがし感の少ないクルマを希望する、お客様向けとして。
ロールス・ロイス・シルバークラウドIIとベントレーS2に搭載された、同じV8 6.2Lエンジン。ロールス・ロイスには、妥当なパワーユニットとなった。
同じエンジンが、両ブランドに明確な違いはない、と見られる流れを強めた。1960年代から1970年代にかけて、ベントレーは弟的なパートナー・ブランドのようになっていた。
それは、ベントレーの販売を減少傾向に傾けた。経営陣がブランドの消滅も意識するほど。しかしブランドを勢いづけたのも、L型ユニット。1980年代に登場したターボチャージャー版だ。パワフルさが、ブランド・アイデンティティに再び光を与えた。
フォルクスワーゲンも続投を決めた
1980年代でも、アルミニウム製のプッシュロッド・ユニットの寿命は、残り10年程度と考えられていた。提携をしていたBMW製エンジンに対する顧客の反発がなければ、1990年代半ばには製造を終えていた可能性もある。
1998年、ベントレー・ブランドを保有することになったフォルクスワーゲン。Lシリーズの根強い支持を理解し、大型で高価なトラディショナル・ユニットに、20年ほどの余命を与えた。
1959年の登場当初でも、ロールス・ロイスにとってLシリーズは新しい技術ではなかった。1905年、32km/hの速度制限を新興の電気自動車に適用した英国政府。その市場に対抗するために制作された、初めてのV8エンジンがベースとなっている。
その頃のロールス・ロイスといえば、大きく静かな、直列6気筒エンジンが自家用車向けの主力ユニット。V型12気筒を積んだファントムIIIや、直列8気筒のファントムIVなどもあったが。
英国では、最大の開発チームを抱えていた。しかし、新ユニットの設計というリスクを選ばず、直列6気筒エンジンを煮詰める方針を選んでいた。
1950年になると、クルーの技術陣もB60型と呼ばれた直6ユニットの可能性に、限界を知る。パワーが奪われるATなどが登場し、4.9L以上に排気量の拡大が難しかったエンジンに、さらなる馬力向上は難しかった。
エンジンブロックの剛性や、搭載位置の問題もあった。そこで航空機エンジン部門(AED)の技術者は、5.5LのV8エンジンを立案。堅牢なブロックと、コンパクトなサイズも示された。