【ハイブリッドの先駆者たち】前編 ファミリーカーからスーパーカーまで 黎明期のハイブリッド再検証
公開 : 2021.07.10 11:05 更新 : 2021.07.17 01:58
いまやどのメーカーでも一般的になったハイブリッドカーですが、かつては特殊なジャンルのクルマでした。そんな中から、今に続く大成功の礎となったモデルと、特殊な方向性を探った2モデルを集め、改めて検証してみました。
100km/Lを目指して
2002年4月のある朝、フェルディナント・ピエヒはウォルフスブルグからハンブルグへクルマを走らせていた。この頃、彼はそのエリアで数多くの仕事をこなす日々を送っていたのだ。230km弱の道のりは、冷たい雨が降る天候のなかを行く、フラットキャップにチェックのスカーフという古めかしい服装に身を包んだ彼のドライブは密度の濃いものだった。
彼はラジオを聞くこともなかったが、そもそもそんなものはついていなかった。エンジン出力はほんの9ps弱しかないから、無駄なオーバーテイクはしない。アウトバーンの流れに合わせて速度を上げ下げしながら、ピエヒは3時間かけて、本社から重要な株主向けのイベントに向かっていた。ある面では、そこに特別なことはなにもなかった。
もちろん、そのドライバーが引退を目前にした65歳の経営者だというのは、ありふれた話ではない。ピエヒは自社の企業理念と同じく、すばらしくもしばしば冷淡さを見せる、フォルクスワーゲンの取締役会会長だった。イベントというのは、この野心的な会社の42回目となる年次株主総会だ。
出発してから5つ星ホテルのフィア・ヤーレスツァイテンに到着するまで、彼の乗ってきたクルマに積まれた、トースターくらいの大きさしかない299ccのディーゼルエンジンが消費したのは、たった2.1Lの軽油のみ。燃費にして、112km/Lほどだ。
この頃、ピエヒがなにより重要視していたのは、1Lの壁というやつだ。そしてそれは、その後10年にわたり、フォルクスワーゲンに不条理なほど多額の出費を強いることになる。
合法的に公道を走らせながら、リッター100kmという経済性をいかにして成立させるか、難題は山積みだった。言い換えるなら、1リッターカー・コンセプトに用いた戦闘機のようなタンデムシートも、車重290kgを実現する薄っぺらな造りも、巨大なソーセージの皮にリコリスキャンディーを無理やり詰め込んだような不恰好なデザインも使わずに、当時としてはまったく非現実的な燃費をどうやって実現するのか、ということだ。
その答えとなるXL1が、アンヴェールされるまでには9年かかった。発表の場が産油国のカタールというのは、なんとも皮肉な選択だったが。そしてそのクルマは、あの春の朝にピエヒが走らせた黒いソーセージのようなテストカーに劣らぬ驚きを、今見ても覚える。このXL1を送り出したフォルクスワーゲンは必然的に、燃費争いにおける最終兵器の発射ボタンを押すことになったともいえる。